神足裕司
From Wikipedia, the free encyclopedia
神足 裕司 こうたり ゆうじ | |
|---|---|
| 生誕 |
1957年8月10日 |
| 死没 |
2026年3月8日(68歳没) |
| 職業 | コラムニスト、コメンテーター |
| 言語 | 日本語 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学法学部政治学科[3] |
| ジャンル | コラム、エッセイ |
| 代表作 |
『金魂巻』 『恨ミシュラン』 『一度、死んでみましたが』 『コータリンは要介護5』 |
| 配偶者 | 神足明子[4] |
| 子供 | 1男1女[4] |
神足 裕司(こうたり ゆうじ、1957年〈昭和32年〉8月10日 - 2026年〈令和8年〉3月8日)は、日本のコラムニスト、コメンテーター。愛称は「コータリ」「コータリン」[5][6]。渡辺和博との共著『金魂巻』、西原理恵子との共著『恨ミシュラン』などで知られる[7][8]。
2011年にくも膜下出血を発症し、後遺症により要介護5となった後も執筆活動を続け、介護や福祉を主題とする連載や著作で発信を続けた[9][6][10]。
くも膜下出血後
広島県広島市出身[9]。修道中学校・高等学校在学中は水球部に所属し、インターハイや国体に出場した。吉川晃司は水球部の後輩である[11]。学生時代からライター活動を始め、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した[3][9]。
1984年、同郷のイラストレーター・渡辺和博との共著『金魂巻(キンコンカン)』がベストセラーとなった。同書で用いた「マル金」「マルビ」は同年の第1回新語・流行語大賞流行語部門金賞を受賞した[2][12]。
1992年からは西原理恵子とともに『週刊朝日』で『恨ミシュラン』を連載し、単行本もベストセラーとなった[1][2][13]。その後も『SPA!』での「これは事件だ」や、『週刊アスキー』での「デジタル業界の女たち」などの連載を持ち、雑誌連載のほか、テレビ、ラジオ、CM、映画など多方面で活動した[14][15]。
広島の中国放送では、2000年からRCCテレビの経済情報番組『Eタウン』のキャスターを務め、現場取材も行った[9]。2002年には塚本晋也監督の映画『六月の蛇』に出演した。同作は2002年のヴェネツィア国際映画祭で審査員特別大賞を受賞した[16][17]。
また、ユーキャン新語・流行語大賞の選考委員も務めた[18][19]。黒縁メガネと蝶ネクタイがトレードマークとして知られた[20]。
2011年9月3日、広島での番組収録後、東京へ戻る航空機内でくも膜下出血を発症し、到着後に都内の病院へ緊急搬送された[12]。その後、リハビリ専門病院に転院して機能回復訓練を受け、2012年9月1日に退院したが、左半身まひ、高次脳機能障害、失語症などの後遺症が残った[1][21]。家族は施設介護ではなく在宅介護を選び、退院後の生活を支えた[22][23]。
退院後は執筆活動を再開し、2012年10月からはTBSラジオ『Wanted!!』水曜枠で「コータリさんからの手紙」が設けられた。神足が書いた手紙は、えのきどいちろうによって朗読された[22]。2013年12月には、発病後初の著書『一度、死んでみましたが』を刊行した[24]。
以後は、朝日新聞の連載「コータリンは要介護5」をはじめ、RCCの健康コラム「お元気ですか?神足裕司です」、PANORAの「神足裕司 車椅子からのVRコラム」、みんなの介護の「コータリさんからの手紙」、通販生活の「コータリさんの要介護5な日常」などを継続し、在宅介護、介護食、福祉機器、排泄補助具、障害者の移動と旅行、VRの活用などについて、当事者の立場から発信した[6][9][25][26][27]。また、ロボットスーツHALによる歩行訓練も体験した[28]。
妻の明子も、共著『生きていく食事 神足裕司は甘いで目覚めた』や通販生活での交互連載などを通じて、介護する側の視点から文章を執筆した[29][4]。
著書
単著
- 『広告・CM雑学読本 : 知らないよりは知っている方が面白い』(日本実業出版社、1984年)
- 『クルマで幸福になる本 : 独断と偏見の自動車論』(PHP研究所、1991年)。のち『いきなりクルマ上手』として文庫化(文春文庫、1995年)。
- 『長靴を履いたギャル』(角川書店、1995年4月)
- 『電撃編集作戦』(アスペクト、1996年4月)
- 『パパになった男 : 娘の誕生がぼくを変えた!』(主婦の友社、1997年5月)
- 『神足裕司のこれは事件だ』(ゼスト、1999年12月)
- 『輝く中年の星になれ!』(講談社、1999年3月)
- 『わたしたちのデジタル業界 : 就職・転職13のサクセス』(アスキー、2000年4月)
- 『これは事件だ : ニュースコラム : ファイル001』(扶桑社SPA!文庫、2005年)
- 『空気の読み方 : できるヤツと言わせる「取材力」講座』(小学館101新書、2008年)
- 『一度、死んでみましたが』(集英社、2013年12月)[24]
- 『コータリンは要介護5 : 車椅子の上から見た631日』(朝日新聞出版、2018年3月)[30]
共著・編著
- 『いちどは行きたい恨ミシュラン : 史上最強のグルメガイド』(西原理恵子共著、朝日新聞社、1993年)。のち文庫化(朝日文庫、1997年)。
- 『それでも行きたい恨ミシュラン : 史上最強のグルメガイド2』(西原理恵子共著、朝日新聞社、1994年)。のち文庫化(朝日文庫、1997年)。
- 『やっぱり行きたい恨ミシュラン : 史上最強のグルメガイド3』(西原理恵子共著、朝日新聞社、1995年)
- 『誇大毛想 : ハゲがハゲを相手にハゲを語り尽くす』(神足裕司編、山田五郎ほか述、扶桑社、2004年)
- 『父と息子の大闘病日記』(神足祐太郎共著、扶桑社、2014年)[31]
- 『生きていく食事 : 神足裕司は甘いで目覚めた』(神足明子共著、主婦の友社、2014年)[29]
- 『コータリン&サイバラの介護の絵本』(西原理恵子共著、文藝春秋、2020年)[32][33]
監修
- 『超売れ筋ビジネス書101冊 : 5分で身につく!』(朝日新聞社、2007年)
- 『最新ビジネス書ベストセラー108冊 : 仕事力が3倍増する!』(扶桑社、2009年)
連載
- 『恨ミシュラン』(『週刊朝日』)西原理恵子との共著[1]
- 『神足裕司のこれは事件だ』(『SPA!』)[14]
- 『デジタル業界の女たち』(『週刊アスキー』)[15][3]
- 『SCENE2011』(『週刊アスキー』)[14]
- Yahoo! JAPANの「月刊チャージャー」にコラムを掲載
- 『コータリンは要介護5』(2016年4月4日 - 2018年12月2日、朝日新聞デジタル)[6][30]
- 『お元気ですか?神足裕司です』(2016年4月15日 - 2026年3月2日、RCC健康・医療 健康コラム)[34][35]
- 『神足裕司 車椅子からのVRコラム』(2017年5月24日 - 2018年11月30日、PANORA)[36]
- 『コータリさんからの手紙』(2017年6月1日 - 2024年2月1日、みんなの介護)[5][26]
- 『コータリさんの要介護5な日常』(通販生活、神足明子との交互連載)[27][4]
出演番組
過去の出演番組
- 『金曜プラザ』(NHK、1994年)
- 『BSマンガ夜話』(NHK BS2、1996年 - 2009年)
- 『週末情報局みたり聴いたりコータリン』(RCCラジオ、1997年4月 - 2002年9月)
- 『コータリン・アルファー』(RCCラジオ、2002年10月 - 2009年3月22日)
- 『BATTLE TALK RADIO アクセス』(TBSラジオ、水曜担当、1998年10月5日 - 2005年12月)
- 『Eタウン』(RCCテレビ、2000年10月 - 2015年3月)[9]
- 発病後は代役の出演で番組は継続し、2012年4月からは「名誉顧問」の肩書きで番組メンバーとして名を連ねた。
- 『スーパーモーニング』(テレビ朝日)[37][38]
- 『謎を解け!まさかのミステリー』(日本テレビ、2003年10月17日 - 2006年3月10日)
- 『打姫オバカミーコ』(MONDO21、2006年)
- 『麻雀BATTLE ROYAL 2007』(MONDO21)
- 『東京六大学麻雀リーグ戦』(MONDO21)
- 『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)
- 『小島慶子 キラ☆キラ』(TBSラジオ、火曜日パートナー、2009年3月31日 - 2011年8月30日)
- 『神足裕司のエネルギー最前線 ミライレポート』(RCCラジオ、2009年10月3日 - 2012年3月)
- 『Wanted!!』(TBSラジオ、2012年10月 - 12月)
- 水曜日に「コータリさんからの手紙」というコーナーが設けられた。