福正院 From Wikipedia, the free encyclopedia 福正院(ふくしょういん、文禄3年10月9日(1594年11月20日) - 寛文12年10月26日(1672年12月15日))は、姫路藩主池田利隆の正室。榊原康政の次女。名は鶴姫(つるひめ)。 慶長10年(1605年)9月、徳川秀忠の養女となり、池田利隆に嫁いだ。 慶長14年(1609年)、長男光政を出産。このとき備中国内において1000石を賜った。 慶長16年(1611年)、次男恒元を出産。 元和2年(1616年)、夫が死去したため尼となり、福正院と号す。 寛文12年(1672年)、江戸で死去。享年79歳。霊巌寺に葬られた。のち、備前の和意谷池田家墓所に改葬されている。 一族 夫:池田利隆 子供 池田光政(岡山藩初代藩主) 池田恒元(山崎藩初代藩主) 兄弟姉妹 大須賀忠政、榊原忠長、榊原康勝、酒井忠世正室 出典 幕府祚胤伝(『徳川諸家系譜』第2巻) 寛政重修諸家譜 脚注 この節には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注によって参照されておらず、情報源が不明瞭です。 脚注を導入して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2021年6月) この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles