福田朋夏
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- 幼少期から習っていた水泳を通して「水の中にいる自分のほうが自然で本物のような気がしてきた」というのがフリーダイビングを始めたきっかけ。
- 2010年に沖縄で開催された世界選手権にスタッフとして参加した際にトップダイバー達のパフォーマンスを目の当たりにし、これを機に本格的にトレーニングを開始することとなる。
- 高校卒業後に地元札幌から海に魅せられて2011年に沖縄に移住。本格的にフリーダイビングのトレーニングを始めたその年の9月にギリシア・カラマタで行われた大会にてCWT(垂直潜水)−58mを記録。ちなみに2005年時点での日本記録が日本フリーダイビング界のパイオニア、松元恵の持つ−56mであった。
- 翌年11月にはバハマ・ディーンズブルーホールにて−80mを記録。トップダイバーでも-80mに達するには10年掛かると云われており、競技経験2年目としては異常な記録であることがうかがえる。
- プール種目でも順調に記録を伸ばし、2012年9月にフランス・ニースで開催されたAIDA[:en](International Association for Development of Apnea)世界選手権(団体戦)メンバーに選出。失格が許されない団体戦にもかかわらずSTA(閉息静止)・DYN(平行潜水)の2種目で自己記録を更新する余裕を見せ、2位以下を大きく引き離すポイントを獲得し前回優勝の岡本美鈴・廣瀬花子と共に金メダルを獲得。これが世界選手権で初のメダルとなった。
- この短期間の成長には世界も衝撃を受け、フリーダイバーが投票する「Best Female Newcomer」に他を大きく引き離して選出された。
- 2014年9月開催のAIDA世界選手権(団体戦)代表に選出。前回と同じく岡本美鈴・廣瀬花子の両選手とともに2大会連続の金メダル獲得に挑んだ。開催地はフリーダイビングの聖地、イタリアのサルデーニャ島。海況不良によって通常最初に行われるCWTより先にプール競技であるSTAが行われ、綿密な戦略が求められる団体戦に大きな影響を与えることとなった。3選手共に安定した記録を残すも強豪ロシアの壁は厚く、総合2位で大会を終えた。
- バハマにてVertical Blue 2016に参戦、日本記録となるCWT-94mを記録。大会期間中は体調が芳しくなく本数を抑えてのチャレンジであったのが惜しまれるところであるが、競技生活わずか5年目にして日本の頂点に立ったことは驚異的と言える。
- CWTの自己ベストを-95mにまで伸ばし、2016年のAIDA世界選手権(団体戦)の代表に3大会連続の選出。CWTでは廣瀬花子と共に女子選手最深の−83mをマーク、「海に強い日本女子」を見せつけ2位チェコを引き離して暫定首位に立つ。順調な滑り出しを見せたが、ここで福田は風邪にかかり熱を出してしまい、体調不良のまま臨んだSTAは5分17秒に留まる。チェコの猛追を受け、体調も戻らず不安の中で最終種目DYNを迎えることになったが、「ここでチームに迷惑をかけられない」と奮起した福田は自己ベストとなる158mを記録。再びチェコを引き離し首位をキープ、2大会ぶりとなる金メダルを手にした。
- 2018年5月、ケイマン諸島で行われた大会にてCWT-100mを記録、世界でも女子5人目となる-100m台に到達した。
