埼玉県立所沢高等学校
埼玉県所沢市にある高等学校
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埼玉県立所沢高等学校(さいたまけんりつところざわこうとうがっこう)は、埼玉県所沢市久米にある県立の高等学校。
| 埼玉県立所沢高等学校 | |
|---|---|
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北緯35度47分6.2秒 東経139度27分37.2秒 | |
| 過去の名称 |
所沢町立埼玉県所沢高等学校 所沢市立埼玉県所沢高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 併合学校 |
埼玉県所沢工業学校 所沢町立埼玉県所沢高等女学校 |
| 校訓 | 憲法、教育基本法に則り、自主的精神と健全な身体とを養い、真理と平和とを求める国民を育成する。 |
| 設立年月日 | 1898年10月11日 |
| 開校記念日 | 10月11日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程・定時制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D111210000361 |
| 高校コード | 11162H |
| 所在地 |
〒359-1131 埼玉県所沢市久米1234番地 |
| 外部リンク | 公式サイトリンク |
概要
所沢高等学校の前身は2校あり、一方は1898年(明治31年)に共立英和学舎として開校し、学制改革直前まで埼玉県所沢工業学校であった実業学校で、もう一方は1916年(大正5年)に所沢町の町立所沢実科高等女学校として開校し、学制改革直前まで埼玉県所沢高等女学校であった高等女学校である。学制改革によって両校が統合され、1948年(昭和23年)に新制の共学校である所沢町立埼玉県所沢高等学校となった。1950年(昭和25年)に所沢町が市制を施行したことに伴って所沢市立となった後、1953年(昭和28年)に埼玉県に移管され埼玉県立所沢高等学校となった。
1966年(昭和41年)に所沢市内にあった埼玉県立川越高等学校所沢分校(定時制)の募集停止により、所沢高等学校に定時制課程が設置された。1969年(昭和44年)に商業科の募集を停止している。
沿革

- 埼玉県所沢工業学校
- 1898年(明治31年)7月1日 - 共立英和学舎として開校。
- 1899年(明治32年)7月1日 - 共立和英学舎に改称し、即日私立和英学校に改称。
- 1915年 (大正4年)- 私立所沢実務学校に改称。初代校長に河野長敏。生徒数170、商事、簿記のほか、英漢学、地理、歴史、理科、数学、修身、書画、剣術が学べた[1]。
- 1923年(大正12年)4月1日 - 所沢実務学校に改称。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 所沢商業学校に改称。
- 1938年(昭和13年)10月15日 - 埼玉県所沢商業学校に改称。
- 1944年(昭和19年)3月 - 埼玉県所沢工業学校に改称。
- 埼玉県所沢高等女学校
- 1916年 (大正5年)- 町立所沢実科高等女学校として開校。
- 1938年(昭和13年)10月15日 - 埼玉県所沢実科高等女学校に改称。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 埼玉県所沢高等女学校に改称。
- 埼玉県立所沢高等学校
- 1948年 (昭和23年)- 学制改革により、埼玉県立所沢工業学校と埼玉県所沢高等女学校を統合し、所沢町立埼玉県所沢高等学校が開校。
- 1950年 (昭和25年)- 所沢町が市制施行に所沢市となり、所沢市立埼玉県所沢高等学校に改称。
- 1953年 (昭和28年)- 埼玉県に移管し、埼玉県立所沢高等学校に改称。
- 1966年 (昭和41年)- 埼玉県立川越高等学校所沢分校(定時制)の募集停止に伴い、所沢高等学校に定時制課程を併設。
- 1969年 (昭和44年)- 商業科の生徒募集を停止。また、服装の自由化(制服の廃止)がされる。[2]
- 1997年(平成9年)4月 - 入学式で着任直後 の内田達雄校長が日の丸掲揚と君が代斉唱を強要した事により、一部教師陣、生徒が反感を覚え、翌年の騒動へと繋がる。[3]
- 1998年(平成10年) - 共立英和学舎開設から含めて、開校100周年を迎える。
- 1998年(平成10年)3月、4月 - 「国旗・国歌」である「日の丸・君が代」に反対する教師陣、生徒会が「生徒の自主性尊重」を謳い文句に校長との対立を煽り、生徒達を誘導する形で大半の生徒が卒業式、入学式をボイコットする騒動が起こった。(代替として、別の日に「日の丸・君が代」を率いない「卒業を祝う会」と「入学を祝う会」が行われた。)卒業式に関しては、全生徒の2.5%である31人の参加に留まった。これについては、一部生徒、保護者からは教師陣と生徒会による「自主性」とは名ばかりの「同調圧力」に疑問の声も寄せられた。 なお、教師陣、生徒ともに世代交代した2000年代以降おいては、「日の丸・君が代」は特に騒動無く使用されており、問題は鎮静化されている。[4]
- 1999年(平成11年)3月 - 一部の教師陣や生徒会の暴走を止められなかった責任を取る形で 、 内田達雄校長が埼玉県教育局指導部参事に転出となった。[5]
- 1999年(平成11年)4月 - 入学式には、9割の生徒が参加。「入学を祝う会」に関しては、1998年度を第1回目として、以降も引き続き行なわれる様になる。
- 2027年(令和9年) - 土曜授業の完全廃止と授業時間が現行の50分授業から55分授業へと移行される予定[6]
部活動
- 山岳部
- 第60回全国高等学校登山大会(2016年(平成28年)、インターハイ)出場[7]。
- ダンス部
- 第7回日本高校ダンス部選手権冬の公式大会の東日本大会において第3位で入賞[8]。
- ギター部
著名な出身者
- 竹山洋 - 脚本家
- 伊東勤 - 元プロ野球選手(熊本県立熊本工業高等学校定時制より本校定時制へ転入、卒業)
- 宮崎吾朗 - アニメーション監督宮崎駿の長男(息子)
- 吾妻謙 - NHKアナウンサー[12]
- 丸山修 - アナウンサー(RKC高知放送)
- 阿部海太郎 - 作曲家
- チン中村 (本名・ 中村 章宏 )- 元銀杏BOYZ、ギター担当
- 阿部大輔 - ギタリスト
- 鈴木弘尚 - ピアニスト
- 小林由未子 - TBSアナウンサー
- NAOTO (本名・ 片岡 直人 )- ダンサー、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE
- 首藤義勝 - KEYTALK ベース、ボーカル担当
- 滝口悠生 - 小説家
- 東香名子 - コラムニスト
- 十枝梨菜 - グラビアアイドル
- 大津力 - 政治家
