秋山十三子
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京都府京都市の祇園近く白河周辺で9代続いた造り酒屋に生まれる。京都府立第二高等女学校(現・京都府立朱雀高等学校)高等科卒業。婦人雑誌の読者欄投稿で佳作を受賞して以降、家事のかたわらで執筆活動をする。1984年(昭和59年)に単著で京都の言葉を巧みに自然な文体で書かれた『私の手もと箱 京暮らしの四季』を出版。ほかにも主婦の目から見つめた京都の風物や暮らし、おばんざい、酒造り唄などに関する著作があり[1]、京都の女流随筆家として注目された。『豆腐の話』という著作では、参考文献をあげつつ、エッセイにとどまらない、京都のお豆腐が生活に根付いている様子がわかる内容となっている[2]。秋山十三子の曾祖母、祖母、母みな京都からなので生粋の京女と紹介されている[3]。
1997年平成9年7月11日午前1時19分に肺がんのため、京都市内の病院で亡くなった。葬儀・告別式も京都市内で行われ、新聞で場所・喪主も伝えられている[4]。享年72歳だった。三回忌の供養では、遺族によって非売品の追悼作品集『はんなりとー京女の思い出箱ー』も出版され、知人や希望者に配られた。追悼作品集には、共著の多い大村しげ、平山千鶴、写真家の松尾弘子らの追悼文も載せられている[5]。