秋渓秋氏
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秋渓秋氏(チュゲチュし、朝鮮語: 추계추씨)は、朝鮮の氏族の一つ。本貫は京畿道龍仁市処仁区陽智邑秋渓里である。2015年の調査では、45,766人である[1]。
始祖は、中国・宋の文官であった秋饁である[2][3]。秋饁は1141年(高宗11年)に文科に及第し、門下侍中を務めたが、高麗の仁宗時代に家族と共に咸興の蓮花島に移住し、高麗に帰化した[2][3]。
秋饁の息子の秋篁は1213年(康宗3年)に文科に及第し、礼部尚書、芸文館大提学を歴任し、秋饁の孫の秋適は忠烈王時代に文科に及第し、民部尚書、芸文館大提学、門下侍中を歴任した[2][3]。その後、秋適の子孫たちが秋適の本籍である秋渓を本貫に秋渓秋氏を創始した[2]。