秋田県立博物館
From Wikipedia, the free encyclopedia
Akita Prefectural Museum | |
|---|---|
|
秋田県立博物館 | |
![]() | |
| 施設情報 | |
| 正式名称 | 秋田県立博物館 |
| 専門分野 | 考古・歴史・民俗・工芸・生物・地質 |
| 事業主体 | 秋田県 |
| 管理運営 | 秋田県 |
| 開館 | 1975年5月5日 |
| 所在地 |
〒010-0124 秋田県秋田市金足鳰崎字後山52 |
| 位置 | 北緯39度49分02.48秒 東経140度03分58.14秒 / 北緯39.8173556度 東経140.0661500度座標: 北緯39度49分02.48秒 東経140度03分58.14秒 / 北緯39.8173556度 東経140.0661500度 |
| アクセス | JR 奥羽本線・男鹿線 追分駅下車徒歩20分。 |
| プロジェクト:GLAM | |
秋田県立博物館(あきたけんりつはくぶつかん、Akita Prefectural Museum)は秋田県の考古、歴史、民俗、工芸、生物、地質を展示する総合博物館である。
展示内容
自然展示室
秋田の豊かな自然を「いのちの詩」(生物)と「大地の記憶」(地質)の2つのテーマで紹介している。生物の展示は自然林、里山、海などの自然環境毎に、地質の展示は時代をさかのぼる形で資料を配置している。
わくわくたんけん室
様々な体験活動ができる展示室。工房で化石レプリカ作りや貝の標本づくり、たたみ染めなどが体験できる。
人文展示室
旧石器時代から、近現代までの秋田の歴史と人々の暮らしを紹介されている。ユニークな形の人面付き環状注口土器や、日本最大級の大型磨製石斧を初めとした貴重な実物資料が多数展示されている。映像や模型も活用して、秋田の歴史が紹介されている。また、縄文時代の竪穴建物や江戸時代の商家が原寸大で復元され、実際に中に入って当時の暮らしの雰囲気を体験できる。
秋田の先覚記念室
近現代に各分野で活躍した秋田ゆかりの人物152名について、業績やエピソード、遺品などが紹介されている。文献や調査記録などのコーナーもある。展示室には常設展示、企画展示、先覚ふれあい、情報資料の各コーナーがある。常設展示には秋田に生まれ日本や世界に飛躍した58名の先覚の業績や人柄を4つのブロックにまとめて紹介している。
菅江真澄資料センター
江戸時代の後期に秋田の自然と人々の営みを記録した[1]菅江真澄の資料や記録を集積し、真澄研究の拠点とするために作られた施設。複製資料や映像で真澄の足跡を紹介する常設展示室、文献やDVDソフトを備えたスタディルーム、検索閲覧室などがある。
分館(旧奈良家住宅)
本館から男潟を挟んで1キロメートル北方にある。主屋は建築年代が明らかで当初の特徴をよく残していることから、1965年(昭和40年)に国の重要文化財に指定されている[2]。また、周囲には明治から大正にかけて建てられた付属屋も保存されている。
奈良家は弘治年間(1555年~1558年)に大和国の生駒山麓小泉村から現在の潟上市昭和豊川に移住し、江戸時代には約10km南の現在の場所に移転したものと伝えられている。現在の旧奈良邸住宅は宝暦年間(1751~1763年)に9代善正(善兵衛)によって建てられた。このときの、棟梁は土崎の間杉五郎八で、3年の歳月と銀70貫を費やしたといわれている。建物の両端が前面に突き出す形は両中門造りとよばれ、秋田県中央海岸部の代表的な農家建築である。奈良家の場合は正面左側が上手の中門(座敷中門)で右が下手の中門(厩中門)となっている。両中門と母屋を含む面積は424.05平方メートルである。秋田県内屈指の豪農としての格式の高さを知ることができる。
また、味噌蔵、座敷蔵、文庫蔵、南北米倉、明治天皇北野小休所(移築)、和風住宅など、明治から昭和にかけて建設された奈良家の付属施設もある。これらは、2006年(平成18年)3月に国の登録有形文化財に登録された[3]。
奈良家に菅江真澄らの文人も滞在していた。そのときに、菅江真澄は久保田藩の藩主佐竹義和の家臣と会い久保田藩と縁ができた。その後、彼は藩主佐竹義和と拝謁した際に、出羽6郡の地誌をつくってほしいと頼まれた。それまで、ずっと漂泊していた彼は、その後は死ぬまで久保田藩に滞在するようになる。
沿革
指定文化財
登録文化財
国の登録有形文化財
- 旧奈良家住宅・附属屋7棟[3]
