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科学的知識の社会学

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科学的知識の社会学(かがくてきちしきのしゃかいがく、英語: sociology of scientific knowledge、SSK)とは、科学を社会的活動として研究する分野であり、とくに「科学の社会的条件と効果、および科学的活動の社会的構造と過程」を扱う[1]。科学的無知の社会学(SSI)は科学的知識の社会学を補完するものである[2][3]。比較として、知識社会学は人間の知識と支配的な観念が社会に与える影響、および知識とそれが生じる社会的文脈との関係を研究する。

2014年ケンブリッジ・サイエンス・フェスティバルでの体験型活動。風船を用いた基礎数学の探究。
2014年ケンブリッジ・サイエンス・フェスティバル(ケンブリッジ、イギリス)での体験型活動。風船を用いた基礎数学の探究。

科学的知識の社会学者は、科学的分野の発展を研究し、曖昧さが存在する偶然性や解釈の柔軟性といった点を特定しようとする[4]。そうした変動は、さまざまな政治的、歴史的、文化的、経済的要因に結びつけられうる。決定的に重要なのは、この分野は相対主義を推進することや科学的計画を攻撃することを目指してはおらず、研究者の目的は、なぜ外的な社会的・歴史的状況によって、ある解釈が別の解釈ではなく成功するのかを説明することにある、ということである。科学者は、科学的知識がどのように作られるかを説明しようとするさいに自然の客観的実在を無視している、として科学的知識の社会学理論を批判してきた。

この分野は1960年代後半から1970年代初頭に登場し、当初はほとんどイギリス独自の実践であった。この分野の発展のための他の初期の中心は、フランス、ドイツ、合衆国(とくにコーネル大学)にあった[5]。主要な理論家にはバリー・バーンズ(英語版)、デイヴィッド・ブルア(英語版)、サル・レスティーヴォ(英語版)、ランドル・コリンズ、ガストン・バシュラール、ハリー・コリンズ(英語版)、カリン・クノル=セティーナ(英語版)、パウル・ファイヤアーベント、スティーヴ・フラー(英語版)、マーティン・クッシュ(英語版)、ブリュノ・ラトゥール、マイケル・マルケイ(英語版)、デレク・デ・ソラ・プライス(英語版)、ルーシー・サッチマン(英語版)、アンセルム・ストラウスがいる。

プログラムと学派

科学的知識の社会学は1970年代に、アメリカのロバート・K・マートン——一般に科学の社会学の重要な著者の一人とみなされる——と関連する科学の社会学に自覚的に対立する形で登場した。マートンのものは一種の「科学者の社会学」であり、科学の認知的内容を社会学的説明の外に置いていた。これに対して SSK は、ルードヴィク・フレック(英語版)[6][7]やトーマス・S・クーン[8]の仕事の側面、しかしとくに文化人類学(デュルケーム、モース)の確立された伝統、および後期ウィトゲンシュタインから手がかりを得ながら、科学的観念それ自体の社会学的説明を提供することを目指した。SSK の初期の擁護者の一人であるデイヴィッド・ブルアは、誤った信念に対してのみ社会的説明を与えるいわゆる「ウィーク・プログラム」(weak programme)と、社会学的要因がすべての信念に影響するとみなす彼の言う「ストロング・プログラム」(strong programme)とを対比した[9]。

ウィーク・プログラムは、組織された運動というよりもアプローチの記述である。この語は、誤った方向に進んだ信念に責任があるものとして社会学的要因のみを引き合いに出す科学史家、社会学者、哲学者に適用される。イムレ・ラカトシュやトーマス・S・クーン(の一部の気分では)はこれに与すると言えるかもしれない。ストロング・プログラムは、とくに二つのグループの仕事と結びつけられる。すなわち、1970年代から80年代の「エディンバラ学派」(デイヴィッド・ブルア、バリー・バーンズ、およびエディンバラ大学科学研究ユニットの同僚たち)と、同時期の「バース学派」(ハリー・コリンズおよびバース大学の他の人々)である。「エディンバラの社会学者」と「バースの社会学者」はそれぞれ、ストロング・プログラムと経験的相対主義プログラム(EPOR)を推進した[10]。1980年代の SSK と関連するものには、科学に適用された言説分析(ヨーク大学のマイケル・マルケイと関連する)、および SSK の科学に対する相対主義的立場と自身の知識主張の身分に関わるパラドックスから生じる再帰性の問題への関心(スティーヴ・ウールガー、マルコム・アシュモア)もあった[11]。

科学的知識の社会学は、その主要な学会である 4S と EASST をつうじて主要な国際的ネットワークをもち、最近では日本、韓国、台湾、ラテンアメリカにも確立されたグループがある。近年、生命科学と情報学の批判的分析に大きな貢献をしてきた。

数学的知識の社会学

数学的実践(英語版)と数学における準経験主義(英語版)の研究もまた、それらが数学を実践する者の共同体に焦点を当てるので、正しく知識社会学の一部である。ユージン・ウィグナーが1960年にこの問題を提起し、ヒラリー・パトナムが1975年により厳密にした以来、物理学や数学のような分野がなぜこれほどよく一致するのかという問いが論じられてきた。提案された解決は、数学的思考の根本的構成要素である、空間、形・構造、数・比例が、物理学の根本的構成要素でもある、と指摘する。物理学が単なる実在のモデル化以上のものであり、客観的基礎が観察的論証の上にあることも注目に値する。もう一つのアプローチは、深い問題はない、「数学」や「物理学」のような語を用いる人間の科学的思考の区分は、分類し区別するための実践的・日常的機能においてのみ有用である、と示唆する。

数学的知識の社会学への根本的な貢献は、サル・レスティーヴォとデイヴィッド・ブルアによってなされた。レスティーヴォは、オスヴァルト・シュペングラー(『西洋の没落』、1918年)、レイモンド・ワイルダー[12]、レスリー・アルヴィン・ホワイトのような学者の仕事、および現代の知識社会学者と科学研究の学者の仕事に依拠する。デイヴィッド・ブルアはルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインや他の現代の思想家に依拠する。彼らはともに、数学的知識が社会的に構築され、還元不可能な偶然的・歴史的要因がそれに織り込まれている、と主張する。最近ではポール・アーネスト(英語版)が、これら二人の社会学者の仕事に依拠しつつ、数学的知識の社会構築主義的説明を提案した。

批判

SSK は科学技術社会論のアクターネットワーク理論(ANT)学派の理論家からの批判を受けてきた。これらの理論家は SSK を、社会学的還元主義と人間中心的宇宙のために批判する。彼らによれば、SSK は科学的論争を解決するために、人間の行為者と社会的規則・慣習にあまりにも強く依拠している。この論争は「認識論的チキン(英語: epistemological chicken)」と題された論文で論じられている[13]。

科学者と哲学者の両方[14]が、科学的知識の社会学理論を、自然の客観的実在を無視していること、および関わる科学理論が実際に正しかったかどうかに関わりなく科学史を書くべきだという考えのために、激しく批判してきた[15]。後にサイエンス・ウォーズとして知られるこの衝突は、生物学者ポール・R・グロスと数学者ノーマン・レヴィット(英語版)(1943–2009)の著書『高次の迷信(英語版)』[16][17]によってエスカレートした。「サイエンス・ウォーズ」という用語は、科学的知識の社会的構築を強調する複数の論文を特集した、ポストモダン批判理論のデューク大学出版局の出版物であるSocial Textの1996年特別号のために造られた[18]。この論争はソーカル事件のために大きなメディアの関心を集め、それは異例なほど広い世論の関心を生み、専門的な学術論争を、より広い世間の論争へと変えた[19]。

関連項目

論争:

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

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