菊池武[3]が観察した1970年代当時東海地方に活動していた秘事法門は次のようであったという。大原の示した諸特徴と一致する点が多い。
- 法座は特定の場所を定めず、信者の家を順番に回って開かれた。
- 法座の日数は昔は数日にわたったようだが、最近は1日で済ませてしまう。
- 法座が開かれると、30人ほどの入信者(行者)が集まった。その年齢は広範に渡った。
- 入信の勧誘は縁者、友人、近所関係をたどって秘密裡に伝播された。
- 特に寺院、僧侶に対して警戒的であった。
- 「俗知識」という棟梁が一人いて、「自分は親鸞から何代目の次第相承の善知識であると」などと説き、「釈迦の代わりをする」という。
- 寺院、僧侶は表の法門であるが、我々の裏の法門にこそ真実があると説く。信者たちも彼に絶対的に帰依する。
- 法座の開かれる部屋の正面には阿弥陀三尊を掛け、両側に様々な図や像が並び、善知識はこの部屋に入る諸神諸仏を招き、悪鬼不浄を防ぎ願土となさんと呪文を唱える。
- ここで入信者に「一念帰命」と呼ばれる加入儀式を行う。
菊池は1970年代当時、こうした秘事法門の残存は「現今に於いても猶著しく」「その数は次第に増える傾向にある。」としている。