秦大津父
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山背国(やましろのくに)紀郡(きのこおり)深草里(ふかくさのさと)の人。現在の京都市伏見区にあたる。
『日本書紀』巻第十九は、欽明天皇の即位にまつわる、以下のような物語を最初に載せている。
天皇が幼少の頃、以下のような夢をみた。 「秦大津父という者を寵愛すれば、壮年になって必ず天下をしらすことができるでしょう」
目を覚ました天皇は、使いを遣わして広く探させたところ、その人物を見つけることができた。天皇は珍しい夢であったと喜び、大津父に、「何か思い当たることはないか」と尋ねたところ、
「私が伊勢に商価(あきない)をして還る時、山(稲荷山)南方の狼谷(大亀谷)辺りにさしかかったところ、2匹の狼が闘って血まみれになっているのを見かけました。馬から下りて、手を洗い、口をすすいで、『貴い神であるあなたがたが争っていたら、猟士(かりうど)にたちまち捕らわれてしまうでしょう』と言って、争いを止めて、血にぬれた毛を拭い洗って、逃がしてやりました」
と言った。天皇は「この報いだろう」と感心し、彼を近侍させ、優遇した。大津父は富を重ね、天皇が即位した後には大蔵の司に任じられた[1]。
欽明天皇元年8月(540年)には、漢人・秦人ら、日本に帰化した人々を戸籍に登録したとあり、秦人7,053戸を管掌する伴造に「大蔵掾」を任命したと記されている[2]。この「大蔵掾」は大津父のことであろうと想像される。