秦永原
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文徳朝の斉衡3年(856年)正月に外従五位下・越後介に叙任されるが、9月に山城介に遷る。清和朝の貞観5年(863年)丹波介に任ぜられるなど、畿内の国司を務めた。
陽成朝に入り、元慶元年(877年)内位の従五位下に叙せられ、のち下野権介を務める。元慶7年(883年)永原以下一族の明法博士・秦直宗や音博士・秦永宗ら一族合わせて19名が秦宿禰から惟宗朝臣に改姓した。なお、改姓に当たって永原らは以下の上奏を行っている。