稲原村 日本の和歌山県日高郡にあった村 From Wikipedia, the free encyclopedia 稲原村[1](いなはらむら)は、和歌山県日高郡にあった村。現在の印南町の北西部、紀勢本線・稲原駅の周辺および御坊市明神川にあたる。 廃止日 1956年9月30日廃止理由 新設合併印南町、稲原村 → 印南町現在の自治体 印南町、御坊市国 日本概要 いなはらむら 稲原村, 廃止日 ...いなはらむら稲原村廃止日 1956年9月30日廃止理由 新設合併印南町、稲原村 → 印南町現在の自治体 印南町、御坊市廃止時点のデータ国 日本地方 近畿地方都道府県 和歌山県郡 日高郡市町村コード なし(導入前に廃止)面積 27.23 km2.総人口 3,199人(国勢調査、1955年)隣接自治体 御坊市、日高郡印南町、川辺町、切目川村稲原村役場所在地 和歌山県日高郡稲原村大字印南原座標 北緯33度52分22秒 東経135度12分05秒ウィキプロジェクトテンプレートを表示閉じる 地理 山岳:講山、寺山、琴平山、黒岩山、青垣内山、雨乞山、橋免山、赤松山 河川:印南川、王子川 歴史 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、印南原村・南谷村・立石村・山口村・明神川村の区域をもって発足。 1956年(昭和31年)9月30日 - 印南町と合併し、改めて印南町が発足。同日稲原村廃止。 村政 行政区は印南原、南谷、山口、立石、明神川[1]。村長、助役、収入役は以下の通りである。 村長 岡本英秋[1] 山西藤七[1] 夏目康太郎[1] 笹野梅太郎[1] - 篤農家[2]、農業、和歌山県多額納税者、南海紙業、南海信託各取締役である。 清水亀蔵[1] 二階俊太郎[3] 助役 山西松之助[1] 収入役 湯川熊右衛門[1] 経済 産業 1930年に刊行された『市町村治績録 改訂第2版』によると、産物は農産264341円、林産56348円、水産30670円、工産8025円[1]。 農業 土地は田290町1反、畑56町2反[1]。『大日本篤農家名鑑』によれば、稲原村の篤農家は笹野姓の人物がいた[2]。 人口 1930年に刊行された『市町村治績録 改訂第2版』によると、戸数520、人口2764[1]。 施設 尋常小学校[1] 尋常高等小学校[1] 交通 鉄道路線 日本国有鉄道 紀勢西線(現・紀勢本線) 稲原駅 道路 現在は旧村域を阪和自動車道が通過するが、当時は未開通。 ゆかりのある人物 二階俊博(政治家) - 自由民主党衆議院議員。稲原村長をつとめた二階俊太郎の息子で稲原小学校に入学、終戦後御坊小学校に転入した[4]。 脚注 [脚注の使い方] [1]『市町村治績録 改訂第2版』和歌山県21頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年4月8日閲覧。 [2]『大日本篤農家名鑑』120頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年5月13日閲覧。 [3]『東亜政治経済文化大観』174頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年2月21日閲覧。 [4]二階運輸大臣の半生 政治家というのは忙しい仕事なんだな、『小説 二階俊博』、二階事務所ホームページ。 参考文献 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。 日本自治協会編『市町村治績録 改訂第2版』日本自治協会、1930年。 『東亜政治経済文化大観』国際通信社、1942年。 『角川日本地名大辞典 30 和歌山県』。 関連項目 和歌山県の廃止市町村一覧この項目は、日本の市区町村に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ:日本の市町村)。表示編集 Related Articles