稲飯命
伝承上の上古日本の人物
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記録
後裔氏族
考証
稲飯命について『日本書紀』には「鋤持神(さいもちのかみ)」と見えるが、関連して『古事記』の神話「山幸彦と海幸彦」でも「佐比持神(さいもちのかみ)」とあり、これらは鰐(わに)の別称とされる[2]。『古事記』の神話では、山幸彦(火遠理命)は海神宮から葦原中国に送ってくれた一尋和邇(一尋鰐)に小刀をつけて帰したという[2]。また以上から、「さい」とは刀剣を指すとも考えられ、鰐の歯の鋭い様に由来するとされる[2]。特に『日本書紀』神代上では「韓鋤(からさい)」朝鮮半島から伝来した利剣を表すともいわれる[2]。古田武彦はマサヒの「ヒ」は朝鮮語の「ビダ、ベダ」(切る)と同じ意味であるとしている。[3]また『新撰姓氏録』に見えるように、稲飯命は新羅王の祖であるとする異伝がある。
高句麗の建国話で、高朱蒙が「私は天孫(又は日の子)で河伯の外孫である、今日逃走してきたが、追手がいよいよ迫っている、どうすれば渡れるか?」と言うと、魚や鼈が浮かんで橋を作り、朱蒙らは川を渡ることができたという話がある。二つの話が類似していることを神話学者の三品彰英によって指摘されている[4]。