東北大学工学部建築学科、セツ・モードセミナー卒。建築設計事務所「松田平田設計」勤務を経て、イラストレーターに。ファッションを中心に自動車などの分野で出版、広告界で活躍。ファッションに関しては日本のメンズファッションの第一人者としてメンズファッション誌に寄稿。とくに穂積が描いたアイビーボーイはアイビールックを指南するアイコンとなった。各自動車メーカーのポスター、映画ポスター、CDジャケットなどを多く手掛る。1981年から主に日本の歴史建造物や町並み、歴史風俗などを描く新境地を開く。日本の生活を主なテーマに意欲的な活動を続けた。セツ・モードセミナー、京都デザイン専門学校、昭和女子大学各校講師。
2024年11月26日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去[2]。94歳没。