セツ・モードセミナー
かつて日本の東京都新宿区にあった美術学校
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概要
沿革
デッサン
タブロー
卒業後
就職先の斡旋は行っていない。生徒はファイルした作品を売り込みに行くなどしてイラストレーターなどの仕事を得る。
自由教育
長沢節(以下セツ)は、独特のスタイル画で一世を風靡した。セツは元来、学校を創ることなど考えていなかったが、あまりにも弟子入り志願者が多いため開校。
設立以来、様々な個性を持った若者を受け入れて来ている。「美術教育に入学試験は無意味」とのセツの意向で、当初は抽選にて入学者を選抜していた。その後、先着順となった。
かつてのモンパルナスに世界中から芸術家が集い花開いたように、学生達が多くの仲間を作り影響しあい画力を上げることを大事にしていた。独自の教育理念を達成するため学校法人化を拒否。国に認可された専門学校ではなく会社法人組織の画塾である。貧乏画学生から高額なお金は取りたくないと、セツの意向で授業料は他の専門学校と比べても安かった。
セツの生き様や自由な校風に共感する若者が多数入学、日本版バウハウスと呼ばれた。感性豊かな生徒が毎年多く育っている。セツの死後もセツの残したデッサンや書籍、水彩の授業の合評会や校舎、たくさんのOBの会話などからセツの心が脈々と息づいていることを感じることができる。
インターネットが普及する以前の1990年代はイラストレーターといえば『年鑑イラストレーション』(廃刊)を見ると美大卒、桑沢デザイン研究所卒、セツ卒業者が多かった。1985年日本グラフィック展にて、芸大・美大を抑えセツ出身者が上位入賞を独占。アカデミズムに対抗するアバンギャルド的なタッチ、上品な色彩はその後セツ派とよばれる。
校舎
設置学科
- 美術科(2年間・週3日)
- ファッション科
- 研究科
コース
- 午前・午後・夜間
- 月・水・金
- 火・木・土
- 春・夏・秋・冬休み有り