穏田川
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流路


穏田川(渋谷川)の地形上の源頭(川や泉のみなもと)は新宿御苑内にあり、苑内でさらに2つに分岐する形になっている。
- 苑内東部の玉藻池
- ただし池自体の湧水はわずかしかなかったらしい。そのかわり、池からさらに200mばかり北の地点に玉川上水の水番屋があり、人工の水路を通じてここから大量の水が来ていた。水番屋では市中配水量の調整を行っていて、余った水は全てこちらへ排水していたためである。
- 苑内南部 - 西部の谷筋(“千駄ヶ谷”)
ふたつの源流は南東側へと流れ出て、千駄ケ谷駅の東・東京都道414号四谷角筈線と外苑西通りの外苑橋付近で合流していた。
以降の流路は以下のとおり。
現・外苑西通りに沿うようにして南下、神宮前二丁目・竜岩寺(龍巌寺)付近で南西へと流れを変える。ここから先は、くねった川筋がそのまま道路になっているため、地図の上でも分かりやすい。
ほどなく道が旧渋谷川遊歩道路(キャットストリート)と名を変えるあたりで北西からの流れを受け入れる。これは原宿川、原宿村分水とも呼ばれた支流で、代々木三丁目・文化学園大学から南新宿駅あたり、および明治神宮内の北池に源頭をもっていた。
旧プロペラ通りとも呼ばれる裏原宿エリアから、表参道を渡り、アパレルや雑貨のショップの並ぶ神宮前五丁目・六丁目のあたりがかつて穏田村の集落のあった一帯である。注意深く見れば、「穏田橋」と書かれた欄干のモニュメントなどを見つけることができる。
またこのあたりで、明治神宮南池からの流れ[4]が合流していた。
宮下公園交差点付近で現在の明治通りを横切り、MIYASHITA PARKに沿う形で南流し、渋谷駅の北、宮益坂下交差点西方(現・みずほ銀行およびリンツチョコレート前付近)にかつて架かっていた宮益橋の直前で、西から来た宇田川と合流していた[5]。穏田川と呼ばれるのはここまでである。
