穢多寺 From Wikipedia, the free encyclopedia 穢多寺(えたでら)は、被差別部落の住民を檀家としていた寺院の呼称である[1]。穢寺(えじ)[2][3]、皮田(多)寺(かわたでら)[2][4]ともいう。多くは被差別部落内に建立されたが、部落外に建立された寺院もある[1]。地域は西日本に多く、宗派は大半が浄土真宗であった[1]。 浄土真宗の穢多寺の成立時期は中世末から近世初頭までが多い[1]。穢多寺やその僧侶自体が浄土真宗の中で差別を受けていた[5][1]。 参考文献 原田伴彦『宗教と部落問題』難波別院、1982年10月、31-36頁。NDLJP:12145751/19。 小林茂・芳賀登・三浦圭一・森杉夫・脇田修 編『部落史用語辞典』柏書房、1985年8月、32, 41-42, 71頁。NDLJP:12195955。 関連項目 富田本照寺 - 下寺に穢寺を多く抱え[6]、「えた寺の中本山」[1]と呼ばれた。 差別戒名 西光万吉 脚注 [1]小林ほか 1985, pp. 41–42, 「えたでら」, 当該ページNDLJP:12195955/23 [2]原田 1982, p. 31, 「部落寺院を穢寺として疎外」, 当該ページNDLJP:12145751/19 [3]小林ほか 1985, p. 32, 「えじ」, 当該ページNDLJP:12195955/19. [4]小林ほか 1985, p. 71, 「かわたでら」, 当該ページNDLJP:12195955/38. [5]原田 1982, pp. 34–36, 「穢寺に対する差別的な扱い」, 当該ページNDLJP:12145751/21. [6]原田 1982, p. 32, 「摂津富田の本照寺」として記載あり, 当該ページNDLJP:12145751/20. この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 Related Articles