竇牟 From Wikipedia, the free encyclopedia 竇 牟(とう ぼう、749年 - 822年)は、唐代の官僚・詩人。字は貽周[1][2]。本貫は京兆府金城県[3]。兄は竇常。弟は竇羣・竇庠・竇鞏。 代宗朝の左拾遺の竇叔向の子として生まれた。同昌郡司馬の竇亶の孫にあたる[4][3]。貞元2年(786年)、進士に及第し、校書郎・東都留守巡官に試用された。河陽節度従事・昭義軍節度従事を歴任した。検校水部郎中となり、緋魚袋を賜り、東都留守判官をつとめた。入朝して都官郎中となり、沢州刺史として出向した。入朝して国子監祭酒となった。長慶2年(822年)、死去した。享年は74[1][2]。 子の竇周余は大中年間に秘書監となった[1]。 脚注 1 2 3 旧唐書 1975, p. 4122. 1 2 新唐書 1975, p. 5245. 1 2 新唐書 1975, p. 5243. ↑ 旧唐書 1975, p. 4120. 伝記資料 『旧唐書』巻155 列伝第105 『新唐書』巻175 列伝第100 参考文献 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 Related Articles