立町 (石巻市)
宮城県石巻市の町丁
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概要
歴史
立町の歴史は古く町ができたのは「1818年」と言われています。ここではその成り立ちから振り返っていきます。石巻の歴史は川村孫兵衛(1575年-1648年)が北上川の治水工事を経て大きく変化していきます。治水以前の仙台平野北部は北上川を中心に江合川(えあいがわ)や迫川(はさまがわ)が、たびたび洪水を引き起こし米作りに適さない土地でした。孫兵衛はそうした氾濫する川の治水を行い米作りを可能にしただけではなく、各川を合流させた事により、遠くは上流の盛岡から石巻まで舟運のルートを作り出すことに成功しました。16世紀半ばには石巻は各地から米が集まる集積地になり、そこから千石船が運搬を担い米が江戸に運ばれる重要な荷役地として発達していきます。当時の様子を松尾芭蕉(1644年-1694年)は「奥の細道」で「数百の廻舟入り江につどひ、人家地をあらそひてかまどの煙立ちつづけたり」と表現しています。
このように石巻の発展は川湊として川側から発展が始まります。当時の地名で「本町、中町、裏町、横町」といった町場が形成され、街の発展と共にやがて街は東西南北に拡大していき、その過程で立町が登場します。
文献によれば立町という町名が誕生したのは「1818年」とされています。元は「畑中」という地名の場所から別れて誕生しました。名称の由来は定かではありませんが、すでに「横町」があった関係から対比する形で「立町」になったとも推察されています。当初は旧石巻商工会議所ビルから居酒屋「備長扇屋」までの約150mを範囲として成立します。更に立町は発展を遂げ1888年には西に約500メートルの区画に延伸されました。つい50年ほど前までは今の地名でいう「穀町三丁目」までが立町とされていました[7]。 — 立町大通り商店街振興組合より
