竪山将
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柔道は5歳の時に隼人柔道スポーツ少年団で始めた[1]。舞鶴中学3年の時に全国中学校柔道大会66kg級で3位となった。鹿児島情報高校3年の時に出場したインターハイでは3位にとどまったものの、全日本ジュニアでは優勝した[2]。世界ジュニアでも優勝を果たした[3]。 2012年には鹿屋体育大学に入学すると、ロシアジュニア国際、ドイツジュニア国際、アジアジュニアで優勝を飾った[4]。 2013年には全日本ジュニアで2年ぶり2度目の優勝を飾ったが、世界ジュニア決勝では明治大学1年の橋口祐葵に敗れて2連覇はならなかった。団体戦では3位だったが、準々決勝のオランダ戦で初めて外国選手に敗れた[5][6]。2014年にはグランプリ・ウランバートルで3位になると、グランプリ・チェジュでは決勝で韓国のアン・バウルを破って優勝を飾った。2015年のユニバーシアード個人戦では3回戦で地元のアンに敗れるなどして5位にとどまったが、団体戦では決勝の韓国戦でアンに勝利してチームの優勝に貢献した[7]。講道館杯では優勝を飾った[8]。2016年にはグランドスラム・チュメニの準決勝で日本体育大学1年の阿部一二三に技ありで敗れるも3位になった[9]。その後階級を60kg級に変更すると、2018年8月の実業個人選手権では決勝で同僚の青木大に技ありで敗れて2位にとどまった[10]。11月の講道館杯では3位となった[11]。2019年のアジアオープン・台北では決勝で旭化成の大島優磨を反則勝ちで破って優勝した[12]。2021年の体重別では決勝で旭化成の古賀玄暉に合技で敗れて2位に終わった[13]。実業個人選手権では優勝した[14]。2022年の実業個人選手権では2連覇した[15]。2023年の体重別では決勝で国士舘大学3年の中村太樹に小内刈で敗れて2位にとどまった[16]。