Wikiwand AI

端野町

日本の北海道常呂郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

端野町(たんのちょう)は、北海道網走支庁管内の常呂郡に存在した町で、2006年(平成18年)3月5日に北見市(旧)、常呂町、留辺蘂町と新設合併し北見市(新)となった。

廃止日 2006年3月5日
廃止理由 新設合併
北見市、留辺蘂町、端野町、常呂町 → 北見市
現在の自治体 北見市
国 日本の旗 日本
概要 たんのちょう 端野町, 廃止日 ...
たんのちょう
端野町
ノーザンアークリゾート

端野町旗

端野町章
廃止日 2006年3月5日
廃止理由 新設合併
北見市、留辺蘂町、端野町、常呂町 → 北見市
現在の自治体 北見市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 網走支庁
郡 常呂郡
市町村コード 01548-2
面積 163.50 km2
総人口 5,496人
(住民基本台帳、2005年12月末日)
隣接自治体 北見市、網走市、
常呂郡常呂町、
網走郡女満別町、美幌町
町の木 しらかば
町の花 つつじ
端野町役場
所在地 〒099-2192
北海道常呂郡端野町字二区471番地1
座標 北緯43度51分39秒 東経143度56分49秒
北海道内における端野町の位置
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示
閉じる

町名の由来

アイヌ語の「ヌプケシ(nup-kes)」(野・の末端)あるいは「ヌプホンケシ(nup-hon-kes)」(野・の腹・の末端)の意訳と考えられる[1][2]。

北見市街の旧称「野付牛」は同一の地名に漢字をあてたものであり、中央道路の開削と共に当地に駅逓所が設置される際、野付牛村と被ることを避けて意訳し、端野駅逓所とした[3][4]。これが「端野」の地名の起りである[3]。

地理

網走支庁中部、北見市北東部に隣接する。 南西部は平坦な水田地帯が広がる。北・東・西部は山に囲まれた丘陵。 常呂川が町を南北に縦貫する。

隣接していた自治体

地名の変遷

1938年4月1日に北海道庁告示第252号をもって字名改正が実施された。その内容は以下のとおりである。1916年の野付牛町時代に当時常呂村の一部であった大字少牛村の一部を編入、大字は廃止となったが、「字少牛」「字少牛原野」などの字名が残っていた。端野町域では少牛村は字忠志にあったとされる[5]。

さらに見る 旧字一覧, 新たに画する字・町 ...
字名改正対照表
旧字一覧
端野、端野原野、端野区画地北一線、野付牛、野付牛原野、少牛、少牛原野、キナチヤウシ、キナチヤウシナイ、キナチヤウスナイ、下常呂原野、上常呂原野、ニコロ、ニコロ原野、下ニコロ、緋牛内、緋牛内市街地中通東一丁目、緋牛内市街地中通西一~二丁目、緋牛内市街地本通、上緋牛内、トイカ、トイカ原野、キトタウシナイ原野、オンネシユクタウシユナイ、リーシリ、チヤシホコマナイ、トペンピラウシユナイ
新たに画する字・町 区域(旧字:常呂郡端野村字)
端野 端野
1区 端野、野付牛、野付牛原野、少牛原野、リーシリ、キナチヤウシナイ、キナチヤウスナイ
2区 端野、端野原野、端野区画地北一線、上常呂原野、下ニコロ
3区 端野、下ニコロ
川向 端野、野付牛、野付牛原野、チヤシホコマナイ
協和 端野、野付牛、野付牛原野、チヤシホコマナイ
忠志 少牛、少牛原野、下常呂原野、コタン、ニコロ、オンネシユクタウシユナイ
緋牛内 緋牛内、緋牛内市街地中通東一丁目、緋牛内市街地中通西一~二丁目、緋牛内市街地本通、上緋牛内、少牛原野、キナチヤウシ、トペンピラウシユナイ
北実 キトタウシナイ原野、トイカ、ニコロ、ニコロ原野、下ニコロ、
北登 トイカ、トイカ原野、ニコロ、ニコロ原野
閉じる

1954年に字北実は字豊実に改称された[6]ほか、2006年には北見市と合併したことにより全ての字町に旧自治体名を冠して「北見市端野町○○」となった。

歴史

  • 1897年 - 屯田兵が入植
  • 1921年4月 - 野付牛町(現北見市)から分村、端野村となる。
  • 1961年9月 - 町に昇格、端野町となる。
  • 2006年3月 - 北見市、常呂町、留辺蘂町との新設合併に伴い廃止。

経済

産業

農業(畑作)が発達

姉妹都市・提携都市

国内

教育

交通

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

レジャー

観光

旧跡

祭り

  • 太陽まつり(8月)
  • カレーライスマラソン(9月)

出身有名人

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks