竹島克己
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大学時代
高校卒業後は浦幌町役場に2年間勤務したのち、順天堂大学に進学した[1]。
大学時代は箱根駅伝を4年連続で走った。1年時の第52回箱根駅伝では元々は別の区間を走る予定ながらも、1区を走る予定の選手が故障で欠場することになったため1区を走ることになるが、区間10位に終わった[2]。2年時の第53回箱根駅伝では9区区間5位で2位から3位に順位を落とした。
3年時の第54回箱根駅伝では9区を区間2位で走ったものの、8区で譲った先頭を取り返すことができず、逆に離されてしまい総合優勝を逃した。
4年時の第55回箱根駅伝では3年連続で9区を担当。4年目で初めてトップで襷を受ける。追い上げる日本体育大学が7区・8区と連続で区間賞を獲得し、2分22秒差まで差を詰められていたが、竹島は区間記録を8年ぶりに更新する快走で2位との差を4分20秒まで広げ、優勝を決定づけた[3]。順天堂大学は10区が振るわず、日本体育大学の追い上げに遭うも逃げ切り、コーチとして長距離部門を率いる澤木啓祐の活躍で優勝した第42回大会以来[4]、13年ぶりの総合優勝を飾った[5][6][7]。