竹村健一 (政治家)
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1976年駒ヶ根市長選挙
長野県上伊那郡赤穂村(現駒ヶ根市[5])で、竹村季一、いくゑ の長男として生まれた[1][注釈 1]。東京市京橋区に移り、1938年(昭和13年)3月、旧制東京府立第二中学(現東京都立立川高等学校)卒業[1][2][3][4][5]。同年9月、赤穂村役場に入り書記となり[1][2][3][5]、その後、兵役についた[2]。1954年(昭和29年)駒ヶ根市に合併後、総務課長、福祉事務所長、税務課長、昭和伊南総合病院事務長を経て[1][2][5]、1970年(昭和45年)9月7日に収入役となる[1][2][3][4][5]。
1975年(昭和50年)12月22日に収入役を退職した[4]。1976年(昭和51年)1月、駒ヶ根市長選挙に保守系候補として立候補して、革新系の新人を破って初当選を果たした[6]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 竹村健一 | 55 | - | - | 11,495票 | 61.1% | - |
| 中城正 | - | - | - | 7,308票 | 38.9% | - |
1988年(昭和63年)1月まで3期務めた[3]。在任中は公共下水道やし尿処理場の整備、駒ヶ根駅前開発事業などに尽力した[2]。