第1戦車団 (陸上自衛隊)

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創設 1956年(昭和31年)1月25日(第1戦車群)
再編成 1974年(昭和49年)8月1日
(第1戦車団)
廃止 1981年(昭和56年)3月25日
所属政体 日本の旗 日本
第1戦車団
創設 1956年(昭和31年)1月25日(第1戦車群)
再編成 1974年(昭和49年)8月1日
(第1戦車団)
廃止 1981年(昭和56年)3月25日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 陸上自衛隊
編制単位
兵科 機甲科
兵種/任務 戦車
人員 1,880名(定員)
所在地 北海道 恵庭市
編成地 北恵庭
最終上級単位 北部方面隊
担当地域 北海道
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第1戦車団長旗
第1戦車団の記念碑

第1戦車団(だいいちせんしゃだん、JGSDF 1st Tank Brigade)は、陸上自衛隊北恵庭駐屯地北海道恵庭市)に駐屯していた北部方面隊隷下の機甲科(戦車)部隊であり、第7師団の機甲師団化に伴う改編により1981年(昭和56年)3月25日に廃止された。

陸上自衛隊唯一の戦車団であり、戦車の集中運用を行う部隊として3個戦車群を有していた。団長は陸将補が充てられ、北恵庭駐屯地司令を兼ねていた。戦車団旗は帽章に桜星一つのデザインであった。

1974年(昭和49年)時における北部方面隊の戦車部隊は、第1戦車群(当時は3個戦車大隊基幹)の他、各師団に4個戦車中隊を保有する戦車大隊のみであった。冷戦時の状況の中、対ソ連への戦車部隊の管理一元化と、大規模な戦車戦へ備える観点から従来の戦車群を改編し増強、当時第2師団隷下の普通科部隊を装甲車で輸送する任務を付与されていた第102装甲輸送隊を戦車戦闘時に隷属する普通科部隊の輸送目的として隷下に組み込み、新編したのが第1戦車団である。

しかしながら、団独自に戦車部隊を運用し大規模な戦車戦闘が行える利点の反面、戦車戦支援を行うのに重要な普通科部隊が方面直轄に存在しなかった点[注 1]、近隣の第7師団から第23普通科連隊などの機械化連隊の支援を受けて戦車団検閲などの訓練を行ってきた運用環境、整備や管理等を行う観点から戦車団のあり方に対して陸幕内部で意見が交わされた結果、第1戦車団を廃止し、その装備等をもって機械化師団であった第7師団を機甲師団として改編することとした。そのため第1戦車団は、編成から7年でその幕を下ろすことになる。

廃止後は第1戦車群のみが戦略予備部隊として北部方面総監直轄部隊となり残留、第2戦車群第3戦車群第72戦車連隊第73戦車連隊に改編し、第7師団隷下に、第102装甲輸送隊第3普通科連隊の装甲車化改編のため廃止となった。

部隊マークは制定されず日の丸のみで、砲塔側面の数字(車体ナンバー)が各群ごとに色が定められていた(1戦群:赤、2戦群:青、3戦群:黄)。

沿革

  • 1956年(昭和31年)1月25日:第1特車群本部および本部中隊が北恵庭駐屯地において編成完結。第101特車大隊、第103特車大隊、第104特車大隊を隷下に編合。
  • 1962年(昭和37年)1月18日:第1特車群が第1戦車群に称号変更。
  • 1974年(昭和49年)8月1日:第1戦車群を改編し、北部方面総監直轄部隊として第1戦車団が北恵庭駐屯地に新編。
  1. 第101戦車大隊を第1戦車群(5個戦車中隊基幹)に改編し編合。
  2. 第103戦車大隊を第2戦車群(5個戦車中隊基幹)に改編し編合。
  3. 第104戦車大隊を第3戦車群(5個戦車中隊基幹)に改編し編合。
  4. 第102装甲輸送隊上富良野駐屯地)を編合。
  5. 61式戦車が装備開始。
  1. 第1戦車群が北部方面隊に直轄部隊として編合。
  2. 第2戦車群が第72戦車連隊に改編され、第7師団に隷属。
  3. 第3戦車群が第73戦車連隊に改編され、第7師団に隷属。
  4. 第102装甲輸送隊(上富良野駐屯地)が廃止[1]

廃止時の部隊編成

歴代団(群)長

歴代の第1戦車群長
(1等陸佐・北恵庭駐屯地司令兼補)
氏名在職期間出身校・期前職後職
1塩田鹿三1956年1月25日 - 1959年3月16日陸士44期・
陸大53期
北部方面総監部特車課長陸上自衛隊富士学校機甲科部長
2越智七五三次1959年3月17日 - 1961年7月31日陸士45期陸上幕僚監部第5部機甲科班長陸上自衛隊富士学校機甲科教育部長
3辛島泰善1961年8月1日 - 1963年7月31日陸士47期・
陸大59期
陸上自衛隊幹部学校研究員陸上幕僚監部第5部機甲科班長
4奥村勝1963年8月1日 - 1965年7月15日陸士48期・
陸大60期
陸上幕僚監部第5部機甲科班長陸上自衛隊富士学校機甲科教育部長
5春山清海1965年7月16日 - 1968年3月15日陸士49期・
陸大58期
陸上自衛隊幹部学校研究員陸上自衛隊幹部学校勤務
6田中賢一1968年3月16日 - 1970年7月15日陸士52期第1空挺団副団長第7師団副師団長
東千歳駐とん地司令
7飯田芳次1970年7月16日 - 1972年7月16日陸士54期陸上幕僚監部第5部機甲科班長装備開発実験隊
石毛俊男1972年7月17日 - 1974年7月31日
※1974年7月1日 陸将補昇任
陸士56期陸上幕僚監部第5部機甲科班長第1戦車団長
兼 北恵庭駐とん地司令
歴代の第1戦車団長
(陸将補・北恵庭駐屯地司令兼補)
氏名在職期間出身校・期前職後職
1石毛俊男1974年8月1日 - 1975年3月16日陸士56期第1戦車群
兼 北恵庭駐とん地司令
陸上幕僚監部
2冨沢松司1975年3月17日 - 1977年3月15日陸士57期東北方面総監部幕僚副長東部方面総監部幕僚長
市ヶ谷駐とん地司令
3村松榮一1977年3月16日 - 1978年6月30日陸士59期陸上幕僚監部第3部副部長陸上幕僚監部防衛部長
4中村守雄1978年7月1日 - 1980年6月30日陸航士60期中部方面総監部幕僚副長陸上幕僚監部教育訓練部長
陸将昇任)
井上年弘1980年7月1日 - 1981年3月24日
※1981年1月1日 陸将補昇任
九州大学
昭和30年卒
第4師団司令部幕僚長
1等陸佐
第7師団司令部付
→1981年3月30日
第7師団副師団長
兼 東千歳駐とん地司令

脚注

出典

関連項目

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