第40軍 (日本軍)
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大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)末期、帝國陸軍は絶対国防圏の要石とされたサイパンを失い、フィリピン戦線のレイテ島の戦いにも失敗。日本本土への連合国軍上陸(日本陸軍省コードネーム決号作戦、米軍コードネームオリンピック作戦)の可能性がすぐそこまで迫っていた。
1945年(昭和20年)1月8日、台湾台南州嘉義市で編成完結。同月16日に第10方面軍戦闘序列に編入された。沖縄戦で第32軍が苦戦を強いられていた5月14日に南九州の防衛強化のため、司令部を鹿児島県日置郡伊集院町に移した。本土決戦に突入した場合、アメリカ合衆国陸軍を中心とする連合国軍の南九州上陸作戦で適地になると予想された鹿児島県の東シナ海沿岸の守りに備える狙いであった。同じ鹿児島県の薩摩半島から多くが出撃した特別攻撃隊の振武隊や、大隅半島を担当した第57軍、北部九州担当の第54軍などとともに、連合国軍の九州上陸に備えていた。
ところが同年8月15日、第42代内閣総理大臣鈴木貫太郎がポツダム宣言を受諾して帝國陸海軍は降伏。これを受けて連合軍の九州南部上陸は無くなり、本軍団は当地で武装解除させられ、当初の設立目的だった本土決戦で活躍することなく、その任務を終えた。
→詳細は「日本の降伏 § ポツダム宣言受諾から玉音放送まで(8月10日-15日)」、および「ポツダム宣言 § 受諾」を参照