第6回極東選手権競技大会 From Wikipedia, the free encyclopedia 日本対中国の男子バスケットボールの試合 女子バレーボールの試合 第6回極東選手権競技大会(だい6かいきょくとうせんしゅけんきょうぎたいかい)は、1923年(大正12年)5月21日から5月26日まで、日本の大阪府大阪市西区八幡屋町(現・港区田中)にあった大阪市立運動場などで行われた極東選手権競技大会。 大会総裁は秩父宮雍仁親王。皇族がスポーツの役員に史上初めて就任した大会である。大会総務委員長は春日弘。 日本が陸上競技、競泳、テニスの3選手権、フィリピンが野球、バレーボール、バスケットボールの3選手権、中国がサッカーの選手権を獲得した。フィリピンからの要請で女子テニスが初めて加わり、日本(シングルス・金田咲子、ダブルス・田村富美子・梶川久子)が優勝した[1]。 実施競技 陸上競技(詳細) 競泳 野球 テニス サッカー バスケットボール バレーボール 脚注 ↑ 後藤光将「大正期における女性スポーツとメディア : テニスプレーヤー田村富美子の偶像化」『明治大学教養論集』第485巻、明治大学教養論集刊行会、2012年9月、1–27頁、ISSN 0389-6005、NAID 120005258864、2022年2月20日閲覧。 参考文献 運動年鑑 大正12年度(p260-) 第6回極東オリンピック大会(極東選手権競技大会)(大阪)の全記録について | レファレンス協同データベース 外部リンク 第6回極東選手権競技大会記念写真帖飯田基三 編 (十字館, 1923) 表話編歴極東選手権競技大会大会 マニラ(1913年) 上海(1915年) 東京(1917年) マニラ(1919年) 上海(1921年) 大阪(1923年) マニラ(1925年) 上海(1927年) 東京(1930年) マニラ(1934年) 大阪(1938年)(英語版) 競技 陸上 野球 バスケットボール 自転車 飛込 サッカー 競泳 テニス バレーボール この項目は、スポーツに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:スポーツ/Portal:スポーツ)。表示編集 Related Articles