笹丸 (さいたま市)
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歴史
江戸時代、当地区は武蔵国足立郡南部領に属する笹丸村であった[6]。村高は『元禄郷帳』では20石余、『天保郷帳』では50石余であった[6]。助郷は日光御成街道岩槻宿組合に出役していたが、寛保・宝暦年間は中山道大宮宿にも差村していた[6]。化政期の戸数は8軒で、村の規模は東西3町、南北2町余であった[6]。地理的に用水の確保が困難で度々旱魃に苦しんだようである。地名の「マル」は朝鮮上古の言葉で山を意味するが、台地や林などを意味する場合もあるという[6]。村内の観音堂では天保 - 弘化年間に寺子屋が開かれていた。
- 正保 - 元禄年間より片柳村より分村する。知行は旗本大岡氏[6]。なお、検地時期は不詳。
- 1828年(文政11年)より大門宿寄場34か村組合に所属[6]。
- 幕末時点では足立郡笹丸村であった。明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、知行は旗本大岡主水であった[7]。
- 1869年(明治2年)12月2日 - この日までに旗本領が上知され、浦和県の管轄となる(府藩県三治制も参照)。
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、片柳村・山村・東新井村・中川村・笹丸村・御蔵村・染谷村・南中野村・南中丸村・上山口新田・西山村新田・新右エ門新田・加田屋新田が合併し、新たな片柳村が成立[8]。片柳村の大字笹丸となる[6]。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 指扇村・馬宮村・植水村・片柳村・七里村・春岡村が大宮市へ編入合併され[9]、大宮市の大字となる。
- 1975年(昭和50年)12月1日 - 市営霊園の募集を一部で開始する[10]。
- 1976年(昭和51年)4月 - 地区の北部に市営霊園の大宮市霊園(現・さいたま市思い出の里市営霊園・)が開設される[11]。
- 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市・大宮市・与野市が合併し、さいたま市が発足。同市の大字となる。
- 2003年(平成15年)4月1日 - さいたま市が政令指定都市に移行し、同市見沼区の大字となる。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 地区の北部に「彩の国フォーシーズンメモリアル」が開園する。
存在していた小字
- 芝山・荒神山[12]
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[13]。
| 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立片柳小学校 | さいたま市立片柳中学校 |
交通
鉄道
地内に鉄道は敷設されていない。
道路
南部に都市計画道路大宮中央通線が計画されているが、未整備となっている[4]。
- 埼玉県道214号新方須賀さいたま線 - 南部で接する
バス
施設
- 彩の国フォーシーズンメモリアル(一部) - 霊園
- さいたま市思い出の里市営霊園(一部)
- 笹丸荒神社
- 笹丸観音堂