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笹川博

日本のプロ野球選手 (1953-) From Wikipedia, the free encyclopedia

笹川 博(ささがわ ひろし、1953年5月5日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(捕手)[1]。現在は横浜DeNAベイスターズの取締役。

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1953-05-05) 1953年5月5日(73歳)
身長
体重
185 cm
82 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
笹川 博
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県浦和市
生年月日 (1953-05-05) 1953年5月5日(73歳)
身長
体重
185 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1971年 ドラフト8位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

中学までは投手だった[2]。野球部監督の長谷川和雄から誘われ、埼玉県立大宮高校に進学[2]。大柄の体格を買われ、捕手に転向した[2]。高校2年生の秋、1970年秋季県大会決勝に進出するが、深谷商の竹内広明に完封を喫する[2]。高校3年生夏の1971年夏の県大会でも準決勝に進むが、熊谷商に敗退し甲子園には出場できなかった[2]。

1971年のドラフト7位で大洋ホエールズへ入団。愛称は「ペロ」[1]。長身の大型捕手として期待されるが、伊藤勲、福嶋久晃、辻恭彦と層の厚い捕手陣もあって一軍に上がれず、主に一軍、二軍でブルペン捕手を務めることが多かった[2]。ファームでは内・外野も経験し、別当薫監督の提案で一時投手にも挑戦した[3]。1980年には博から博史に改名。10年間の現役生活で一度も一軍の試合出場はなく、1981年限りで引退。

引退後はサラリーマンに転身したものの、その直後に球団からの誘いでスカウトに就任[4]。1986年からはスコアラーを務める。その後フロント入りした。1998年に運営部長に就任し、選手の査定などを担当。2003年に失敗続きのFA、外国人選手獲得、トレード補強戦略の責任をとらされ、運営部長から業務部長へ更迭。2009年から取締役・業務部門統括に就任。

女優の岡崎友紀とは、地元の埼玉県で小学校、中学校と同級生だったという[1]。

詳細情報

年度別打撃成績

  • 一軍公式戦出場なし

背番号

  • 69 (1972年 - 1974年)
  • 37 (1975年 - 1981年)

登録名

  • 笹川 博 (ささがわ ひろし、1972年 - 1979年)
  • 笹川 博史 (ささがわ ひろし、1980年 - 1981年)

出典

関連項目

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