筑波カントリークラブ

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開業 1959年昭和34年)9月18日
運営 メンバーシップコース
設計 佐藤昌
川田太三2006年平成18年)改造設計)
筑波カントリークラブ
Tsukuba Country Club
筑波カントリークラブ
筑波カントリークラブの空中写真。
2008年5月6日撮影。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
茨城県つくばみらい市高岡830-2
座標: 北緯35度59分37.01秒 東経140度3分47.62秒 / 北緯35.9936139度 東経140.0632278度 / 35.9936139; 140.0632278
概要
開業 1959年昭和34年)9月18日
運営 メンバーシップコース
設計 佐藤昌
川田太三2006年平成18年)改造設計)
運営者 株式会社筑波ゴルフコース
トーナメント
  • 1987年 第20回 日本女子オープンゴルフ選手権競技大会
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4419 1 5544
2 5583 2 4378
3 4424 3 4449
4 3209 4 3233
5 4365 5 5552
6 3216 6 3155
7 4415 7 4454
8 4369 8 4411
9 5493 9 4386
363493 363562

その他
公式サイト 筑波カントリークラブ
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筑波カントリークラブ(つくばカントリークラブ)は、 茨城県つくばみらい市高岡にあるゴルフ場である。

筑波カントリークラブは、1958年昭和33年)、茨城県筑波郡伊奈村(伊奈町を経て、現在はつくばみらい市)字高岡に「ゴルフ場に適した用地がある。我々医師のゴルフ場を造ろう」と、日本信販の山田光成の所に相談に来たのに始まる[1]。用地を見たところ殆どが松と雑木だった[1]。同年5月30日、新たなゴルフ場建設に向け、「株式会社筑波ゴルフコース」を設立、社長には大和証券株式会社の加藤和根が就任、証券会社生命保険会社の会員の株主会員制のクラブである[1]

コース設計は、東京農業大学日本造園学会佐藤昌に依頼、工事は佐藤工業株式会社が行い、1959年(昭和34年)9月15日、コースは完成、同月18日、18ホールのゴルフ場が開場した[1]。敷地内の大木をハザード代わりに残し、各ホールの特徴はグリーン周りのバンカーの数と造形で造成した[1]。各ホールのグリーン周囲には、白樺メタセコイヤドッグウッドなどの花木を植えた[1]2006年平成18年)6月、川田太三の設計によりコースの改造工事が行われた[1]

日本の女子プロゴルフメジャー大会の1つ、日本ゴルフ協会主催競技でもあり、日本選手権大会に相当する、日本女子オープンゴルフ選手権競技大会などの大会開催の実績がある。

所在地

〒300-2301 茨城県つくばみらい市高岡830番地の2

コース情報

  • 開場日 - 1959年(昭和34年)9月18日
  • 設計者 - 佐藤昌川田太三(2006年(平成18年)改造設計)
  • 面積 - 726,000m2(約21.9万坪)
  • コースタイプ - 林間コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、7,055ヤード、コースレート72.4
  • グリーン - ベントの2グリーン
  • プレースタイル - 歩いてのラウンド、全組キャディ付き
  • 練習場 - 20打席 230ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日(月曜祝日の場合は火曜)、12月31日、1月1日[2][3]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 2,409m2(728.7坪)
  • ハウス設計 - 株式会社中山克巳建築設計事務所
  • ハウス施工 - 佐藤工業株式会社

ギャラリー

交通アクセス

メジャー選手権

エピソード

  • コースの設計をした佐藤は、当時の会報『筑波』では、「新人の設計家 佐藤昌」と紹介されていた、筑波カントリークラブは自身では第1号の作品だった[6]
  • 佐藤は初めてゴルフ場用地を見た時、「たじろいた」がそれでも設計を引き受けたのは、「ゴルフ場造りは芝と土を動かす仕事、明らかに造園家の仕事で、元プロゴルファーだけのものではない」といって、無償で働いた[6]
  • 筑波カントリークラブは、現在、日本橋からなら40分、秋葉原からつくばエクスプレスで30分だが、当時は、東京から車で4時間かかった、「茨城のチベット」といわれた[6]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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