箱根アフロディーテ

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箱根アフロディーテ (はこねアフロディーテ) は、1971年8月6日金曜午前10時開場、午後2時開演から8月7日土曜)午後7時(終演)にかけて、神奈川県足柄下郡箱根町芦ノ湖畔で開催されたロック・フェスティバル[1][2][3][4][5][6]。海外アーティストを招聘した日本初の大規模野外ロック・フェスティバルとされる[1]。主催はニッポン放送[1][2][4]

日本国内外から25組[4]ミュージシャンが参加したが[4]、特に霧が立ち込める幻想的な雰囲気の中で演出されたピンク・フロイドの初来日公演で知られる[1][3][4]。こちらも有名な岐阜県中津川市で開催された第3回全日本フォークジャンボリーの初日と箱根アフロディーテの2日目が被る形で、マスメディアやファンは急いで移動した者も多かった[7]。両方のコンサートに出演したのは本田路津子長谷川きよしの2人だけである[8]

1960年代後半にアメリカで開催されたモントレー・ポップ・フェスティバルウッドストック・フェスティバルなど大規模ロック・フェスの影響を受け、日本版ウッドストックを目指し企画された[1][4]目玉のピンク・フロイドの他、日本のフォーク日本のロック歌謡曲童謡(北原早苗)、ジャズの他、大学の音楽サークルらも参加した[1][2][3][6]。お客は外国人が多かったといわれる[7]。観客数2日間合わせて約4万人[4]

開催場所等

神奈川県足柄下郡箱根町芦ノ湖畔の成蹊学園乗風台[1][2][3][6]。お客は一万芝生の上で観戦した[2]。入場料、特別前売り券(7月10日まで)¥1800、前売り券(7月11日ー8月5日まで)¥2000、当日券¥2300[2]。「晴雨に関わらずコンサートは決行、芦ノ湖で釣りハイキングもOK」などと告知されていた[2]

放送など

ステージの一部がニッポン放送でもラジオ放送されたほか、FEN(AFN)でも放送が行われた[3]。またピンク・フロイドの熱狂的なファンがバンドメンバーを追いかけて、彼らに許可を取り、ビデオ撮影機などが一般にない時代、16ミリカメラを回したとされ[1]、そのフィルムをもとに編集されたものが1979年になって、開局したばかりのテレビ埼玉番組『サウンド・スーパーシティ』で放送された[1][3]。それを誰かが同録したものが海賊盤として世界的に出回っていたが[1][3]ソニー・ミュージックの担当者が長年、映像の良い物を探し、ようやく撮影者を探し出し[1]、3年がかりでデジタル作業等を施した後[5]、ピンク・フロイド側との交渉には難航したが、最終的に日本のみの限定発売として許可が降り、2021年8月4日正式にソニー・ミュージックエンタテインメントから『ピンク・フロイド『原子心母(箱根アフロディーテ50周年記念盤)』Pink Floyd / Atom Heart Mother (Hakone Aphrodite 50 Anniversary Edition)』のタイトルで、それらの映像を含んだボックス・セットが発売されている[1][3][5]

出演者

演出

台風をついて、重さ8トンスピーカーを箱根の山に運んだ[4]

論調

エピソード

脚注

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