築山古墳 (瀬戸内市)
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位置
北緯34度40分46.55秒 東経134度8分15.00秒 / 北緯34.6795972度 東経134.1375000度座標: 北緯34度40分46.55秒 東経134度8分15.00秒 / 北緯34.6795972度 東経134.1375000度
形状
前方後円墳
規模
墳丘長82m
高さ10m(後円部)
高さ10m(後円部)
| 築山古墳 | |
|---|---|
|
墳丘(左に後円部、右奥に前方部) | |
| 所在地 | 岡山県瀬戸内市長船町西須恵 |
| 位置 | 北緯34度40分46.55秒 東経134度8分15.00秒 / 北緯34.6795972度 東経134.1375000度座標: 北緯34度40分46.55秒 東経134度8分15.00秒 / 北緯34.6795972度 東経134.1375000度 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 |
墳丘長82m 高さ10m(後円部) |
| 埋葬施設 | 竪穴式石室(内部に家形石棺) |
| 出土品 | 銅鏡・装身具・刀剣・武具・馬具・農工具・土師器・埴輪 |
| 築造時期 | 5世紀後半 |
| 史跡 | 岡山県指定史跡「築山古墳」 |
| 地図 | |
古墳位置図
岡山県南部、長船平野から千町平野へ抜ける山間の平地南側において、北に延びる低丘陵端部に築造された古墳である[1]。1907年(明治40年)に石室が発掘されている。
墳形は前方部が発達した前方後円形で、前方部を東方向に向ける。墳丘は2段築成[1]。墳丘外表では15センチメートル大の角礫による葺石のほか、墳丘裾部・テラス部・墳頂部に円筒埴輪列が認められる[2]。墳丘周囲には2重の周濠が巡らされ、周濠を含めた古墳全体としては約115メートルにおよぶ[3]。埋葬施設は後円部墳頂における竪穴式石室(竪穴式石槨)で、内部に阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇ピンク石/馬門石)製の家形石棺を据える。石室内からは、副葬品として銅鏡・装身具・刀剣・武具・馬具・農工具・土師器などが出土している。
築造時期は、古墳時代中期の5世紀後半頃と推定される[3][2]。一帯は須恵器窯跡(邑久古窯跡群)が分布する要地であり、地方の古墳としては珍しい二重周濠を有するとともに、熊本県南部からの搬入品である阿蘇熔結凝灰岩の石棺を使用する点で特色を示す古墳である。
古墳域は1959年(昭和34年)に岡山県指定史跡に指定されている。
遺跡歴
墳丘
埋葬施設
出土品
円筒埴輪
須恵古代館展示。石室内から出土した副葬品は次の通り[4]。
- 王氏作神人画像鏡 1
- ガラス製勾玉 1
- 管玉 14
- 鉄刀 1
- 鉄剣 1
- 鉄鉾 1
- 鉄鏃
- 短甲
- 挂甲
- 馬具
- 鉄斧頭
- 鍬先
- 土師器
以上のほか、墳丘から埴輪が出土している。
文化財
岡山県指定文化財
- 史跡
- 築山古墳 - 1959年(昭和34年)3月27日指定。


