寛永15年(1638年)、米津田盛の長男として誕生した。貞享元年(1684年)、父の死去により家督を継ぐ。このとき、父から相続した1万5000石の所領のうち、3000石を弟の田賢に分与したため、1万2000石の大名となる。政武は武蔵埼玉郡久喜に藩庁を置いたことから、久喜藩初代藩主となった。
貞享4年(1687年)5月、寺社奉行に任じられるが、元禄元年(1688年)10月、勤務怠慢などを理由に罷免された。元禄11年(1698年)11月11日、長男・政矩に家督を譲って隠居する。
宝永5年(1708年)6月26日、死去。享年71。