紙漉町
From Wikipedia, the free encyclopedia
地理
歴史
- 1677年(延宝5年) - 紙漉町として町割りされ、普光院(現:住吉町の住吉神社)の南の清水(湧水)付近に紙漉所がある(弘前惣御絵図)。「カミシキハダチ」とあり、紙漉職人の頭の他に9軒の町屋が見られるが、いずれも紙漉職人と思われる(弘前町方屋敷割)
- 1719年(享保4年)頃 - 紙漉所のほかに10軒の町屋が町内に見られ、翌年町内の南側が屋敷割りされた(町屋数円)。
- 1756年(宝暦6年) - 当地は楮町の支配下にあり、御用紙漉所のほかに、町屋25軒・預かり地1か所がある(楮町支配町屋鋪改大帳)。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により中津軽郡清水村の一部となる。
- 1928年(昭和3年)4月1日 - 弘前市に編入される。
- 昭和以降 - 当地には湧き水(地元では"シツコ"と呼ばれる)が多く、昭和以降、湧き水を利用して紙漉きのほか、茶を立てるのに珍重された。
- 1956年(昭和31年) - 一部が富士見町になる。
施設
小・中学校の学区
交通
- 弘南バス
- 富士見町(ミニバス 城南経由 - 桜ヶ丘団地線)停留所。
- 弘南鉄道大鰐線