網島町
大阪市都島区の町
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地理
歴史

1800年代。歌川國員/画
地名の由来
古くからの漁村で、網が干されていたことが由来である[5]。
元は島下郡吹田村・東成郡野田村の網干場だったが、寛文年間に大坂三郷北組へ編入されて網島町が成立した。1771年(明和8年)に大川の下流側に隣接する備前島町において、大川と寝屋川・鯰江川合流地点の逆流を防止するために将棊島(しょうぎじま)と呼ばれる堤防が築かれた。
1872年(明治5年)に備前島町を編入し、1879年(明治12年)より北区所属となった。
1930年(昭和5年)に寝屋川改修工事によって将棊島が分断された。旧河道が埋め立てられて上町側と地続きになった将棊島は、1933年(昭和8年)に東区京橋1 - 2丁目(現:中央区大手前1丁目・天満橋京町)へ編入された。
1943年(昭和18年)に新設された都島区へ転属。1968年(昭和44年)に東野田町の南西部を編入し、現在の町域となった。
世帯数と人口
2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 1,334人 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 1,254人 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 1,146人 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 1,308人 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 1,291人 | [10] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 602世帯 | [6] | |
| 2000年(平成12年) | 628世帯 | [7] | |
| 2005年(平成17年) | 620世帯 | [8] | |
| 2010年(平成22年) | 750世帯 | [9] | |
| 2015年(平成27年) | 753世帯 | [10] |
