美園 (守谷市)
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地理
守谷市南部に位置し、全域が三井不動産と金子不動産センター、地権者による土地区画整理組合が共同で開発した戸建住宅地「ヒルズ美園」である。統一感のある街並みが特徴の閑静な住宅街で、地域内には美園地区の代表的な公園である乙子公園をはじめ、梅作公園、明神公園、乙子清水公園、乙子前坪公園がある。公園の名前は、乙子公園が町名変更前の当地の大字、その他は旧乙子にあるものは大字と小字、旧高野にあるものは小字に因む。
良好な環境と統一感のある街並を維持する為、全域が美園地区計画の対象地域となっており、一般住宅地区では高さ10m未満、全域で165m2以上の敷地を確保することが義務付けられているほか、垣や柵に関する制限も設けられている[3]。
歴史
開発前は乙子地区、高野地区のそれぞれ一部に当たり、畑や森林が主な土地であった。しかし、地域に隣接して新大利根橋有料道路(現在は無料)が開通し、地域内に常総ふれあい道路が開通するなど、守谷の至るところで大規模住宅開発が進行すると、乙子・高野地区にも新しい街作りを求める動きが高まり、地区有志一同によって土地区画整理事業が決定された[4]。
地名の由来
分譲地の名称である「ヒルズ美園」より「美園」とした。
沿革
- 1988年(昭和63年)9月13日 乙子・高野地区の土地区画整理事業の発起人会を設立。
- 1989年(平成元年)3月13日 開発に当たり、横浜市泉区西田地区への街並み先進地視察が行われる。
- 1991年(平成3年) 開発に当たり、町田市金井地区への街並み先進地視察が行われる。
- 1993年(平成5年) 開発に当たり、横浜市中区新本牧地区、同市港北区(現:都筑区)中川第一地区への街並み先進地視察が行われる。
- 1994年(平成6年)
- 5月 都市計画決定。開発区域を市街化調整区域から市街化区域に編入。
- 9月 組合設立。
- 10月15日 乙子・高野地区の本工事着手。
- 1995年(平成7年) 開発に当たり、高坂ニュータウン、エステシティー所沢への街並み先進地視察が行われる。
- 1996年(平成8年)
- 9月 守谷町議会により、新町名を「美園」とすることが決定。
- 11月 美園地区入居開始。
- 1999年(平成11年)9月25日 美園一丁目 - 五丁目が正式な町名となる[5]。
- 2001年(平成13年) 全263区画の分譲が終了。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前 |
|---|---|---|
| 美園一丁目 | 1999年9月25日 | 乙子字清水・向山の全域、乙子字石神・上ノ台・亀田・新町・前坪の各一部、高野字梅作・大明神・羽中の各一部 |
| 美園二丁目 | ||
| 美園三丁目 | ||
| 美園四丁目 | ||
| 美園五丁目 |
世帯数と人口
交通
小・中学校の学区
施設
画像
参考資料
- 輝くまち美園 守谷町乙子高野土地区画整理事業完成記念誌 (乙子高野土地区画整理組合)