羽生田城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平城築城主 壬生綱重築城年 1501年 - 1503年(文亀年間)主な城主 壬生綱房、壬生義雄logo羽生田城(栃木県)城郭構造 平城築城主 壬生綱重築城年 1501年 - 1503年(文亀年間)主な城主 壬生綱房、壬生義雄廃城年 1590年(天正18年)遺構 土塁・堀・曲輪・切通し再建造物 壬生町立羽生田小学校位置 北緯36度28分27秒 東経139度46分38秒 / 北緯36.47417度 東経139.77722度 / 36.47417; 139.77722座標: 北緯36度28分27秒 東経139度46分38秒 / 北緯36.47417度 東経139.77722度 / 36.47417; 139.77722地図 羽生田城 テンプレートを表示 羽生田城(はにゅうだじょう)は、栃木県下都賀郡壬生町にあった日本の城。 遺構 文亀年間(1501年 - 1503年)に宇都宮氏家臣壬生綱重が、北隣の鹿沼氏を攻略し壬生城を守る支城として築城された[1]。 宇都宮忠綱が鹿沼氏を滅ぼした際、壬生綱房は主導的役割を果たして鹿沼城を与えられた。以降、壬生氏は本拠を壬生城から鹿沼城へ遷し、羽生田城は中間拠点として機能した。 壬生義雄の代には宇都宮氏から離反し、北条氏に従う。この時、この城には藤倉勘斎が居城していたといわれる[1]。 豊臣秀吉による小田原征伐で壬生氏は滅び、羽生田城も廃城となった。 現在、本丸跡には小学校がある。校舎周辺の神社や林の中には土塁、堀、曲輪、切通しが現存している。 脚注 1 2 児玉幸多 監修、坪井清足 監修、平井聖 編修、村井益男 編修、村田修三 編修、峰岸純夫、菊池卓『日本城郭大系 第四巻 茨城 栃木 群馬』新人物往来社、1979年、274-275頁。ISBN 4404010117。 関連項目 日本の城一覧 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles