考える人 (ロダン)

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製作年1902
所蔵ロダン美術館、パリ
『考える人』
フランス語: Le Penseur
作者オーギュスト・ロダン
製作年1902
所蔵ロダン美術館、パリ
地獄の門オルセー美術館
地獄の門ロダン美術館
ロダン館の考える人(静岡県立美術館 2014年7月16日撮影)

考える人』(かんがえるひと、フランス語: Le Penseur)は、オーギュスト・ロダンが制作したブロンズ像である。思索にふける人物を描写した像として知られるが、地獄に堕ちた人々を見つめているとの説もある。

「考える人」は本来、“Le Poète”(詩人)と名づけられていたものである[1]。「考える人」の名称は、ロダンの没後にこの作品を鋳造した鋳造職人のファウンドリ・リュディエ(fr)が命名したといわれる[2]

ロダンは、装飾美術博物館Musée des Arts Décoratifs)の門を、ダンテの『神曲』に着想を得て制作し、それを『地獄の門』と名づけたが、この『考える人』はその門の頂上に置かれる一部分にあたる。

この考える人は、「地獄の門の上で熟考するダンテを表そうとしたもの」であるという説や[1]、ロダン本人を表している説などがある。

地獄の門

1880年、国立美術館を建設に際して、依頼されたモニュメントとしてロダン自らテーマと選択したのが『地獄の門』である。

この地獄の門は、ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』地獄篇第3歌に登場する地獄への入口の門をテーマとしているが、叙事詩『神曲』で語られる、地獄の門に書かれた銘文は、門自身が一人称で語りかける形であった。ロダンはこの門の制作にあたり、独自のテーマとして、門を上から見下ろすように悩む人物像「詩想を練るダンテ」を追加し作成した。

1889年、未完の『地獄の門』の完成に先立ち、ロダンは「『地獄の門』を覗き込む男」の像を1『詩人』としてロダンは発表する。これが後に『考える人』と呼ばれた彫像であり、元来は地獄の門と一体して語られる作品であった。

ロダンの没後、ロダンの指示のもと鋳造を行った鋳造職人により個別部分について命名されたと言われている。

本作はロダン自身が、カミーユ・クローデルと妻ローズの間で揺れ動き、カミーユを捨て、ローズへと戻った時期につくられたものであり、この追加された部分はロダン自身の心象と罪への苦悩そのものを表したとも言われている。

創作者の命名ではなく、鋳造者の命名が一般化した例の一つとなる。

設置場所

ロダンの『考える人』はブロンズ像であり、その制作工程では、1881-82年(原型)と1902-03年(拡大)があり、それぞれの型から鋳造されたものがオリジナルになるとされるため、複数存在する。

オリジナル

死後の鋳造

など計26ヶ所にある。

脚注

関連項目

外部リンク

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