舌先三寸
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舌先三寸(したさきさんずん)とは、『史記』からの事柄。
史記
『史記』の平原君虞卿列伝での事柄である。そこには紀元前257年に秦が趙の都である邯鄲を包囲したときのことが書かれており、ここに舌先三寸を表す逸話が出てくる。このときに趙は楚に平原君の使節を送り合従の約を結ばせることにする。この使節に食客の毛遂がいて、毛遂が楚の王に合従の約を結ばせていた。そして合従の約を結ばせてから帰国した平原君は二度と人の品定めをしないとしていた。これまで平原君は大勢の品定めをしてきたのだが、それは有能な人材を失わないためであった。毛遂は楚に到着すれば趙の国威というのは天子の宝器よりも重いものであるかのようにしていた。この毛遂の舌先三寸は百万の大軍よりも強力であったと平原君は回想する。このため平原君は人の品定めをしないことにして、毛遂を上席の食客とした。平原君が帰国してからの楚は春申君に兵を率いさせて趙に援軍を送る。魏も信陵君に兵を率いさせて趙に援軍を送る。それからは趙の抵抗と、楚と魏の援軍により、秦は趙を攻めるのを諦めて撤退した[3]。楚の王との会談の際に、毛遂が剣に手をかけて王の前で凄んで、王には大軍があればこそ叱れるのであるが、この場では大軍に頼むことは出来ないために、王の命は毛遂の手にかかっているというような言動も行なわれていた[4]。
脚注
- ↑ 日本国語大辞典,四字熟語を知る辞典, デジタル大辞泉,精選版. “舌先三寸(シタサキサンズン)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “「口」先だけの「舌先三寸」にはご用心。意味と使い方、ちゃんと説明できますか?」”. Oggi.jp (2025年4月15日). 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “No. 568 【舌先三寸】 したさきさんずん|今日の四字熟語・故事成語|福島みんなのNEWS - 福島ニュース 福島情報 イベント情報 企業・店舗情報 インタビュー記事”. fukushima-net.com. 2026年4月18日閲覧。
- ↑ “KATO Toru's website 加藤徹”. www.isc.meiji.ac.jp. 2026年4月18日閲覧。