船宮古墳
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概要
兵庫県北部、円山川西岸の段丘上に築造された古墳である[2]。現在は前方部に八幡宮が、東側に兵庫県道70号(旧国道312号)が敷かれている[3]。1980年(昭和55年)に測量調査が、1987-1989年度(昭和62-平成元年度)に墳丘裾部・周囲部の発掘調査が実施されている[2]。
墳形は前方後円形で、前方部を北方向に向ける。墳丘は3段築成[4]。墳丘長91メートルを測り[2][4]、但馬地方(兵庫県北部)では池田古墳(朝来市和田山町平野、136メートル)に次ぐ第2位の規模になる。墳丘くびれ部の左右には造出を有する[2]。墳丘外表では葺石や円筒埴輪・形象埴輪(蓋形・盾形・動物形埴輪)が認められ、特に鼻輪を伴う牛形埴輪は全国的にも珍しい例として注目される[4]。また墳丘周囲には盾形の周濠(幅10メートル)が巡らされており[2]、周濠を含めた全長は約120メートルにおよぶ[5]。埋葬施設および副葬品は明らかでない[2]。
築造時期は、古墳時代中期の5世紀後半頃と推定される[2][3]。被葬者は明らかでないが、国造級の豪族の首長墓と想定され、特に当地を治めた但遅麻国造の船穂足尼一族との関連を指摘する説がある[4][3]。一帯は狭い平野であり、円山川沿いが山陽・山陰地方を結ぶ交通路であったことが築造背景として指摘される[2]。
遺跡歴
墳丘
文化財
兵庫県指定文化財
- 史跡
- 船之宮古墳 - 1961年(昭和36年)5月12日指定[6]。

