花緑青が明ける日に
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| 花緑青が明ける日に | |
|---|---|
| A NEW DAWN | |
| 監督 | 四宮義俊 |
| 脚本 | 四宮義俊 |
| 原作 | 四宮義俊 |
| 製作 | A NEW DAWN Film Partners |
| 製作総指揮 | 豊島雅郎 |
| 出演者 |
萩原利久 古川琴音 入野自由 岡部たかし |
| 音楽 | 蓮沼執太 |
| 主題歌 |
imase 「青葉」 |
| 撮影 | 富崎杏奈 |
| 編集 | 内田恵 |
| 制作会社 |
アスミック・エース スタジオアウトトリガー MIYU Production |
| 配給 | アスミック・エース |
| 公開 | 2026年3月6日 |
| 上映時間 | 76分 |
| 製作国 |
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『花緑青が明ける日に』(はなろくしょうがあけるひに、英題:A NEW DAWN)は、2026年3月6日に公開された日仏共同制作のアニメーション映画。日本画をベースとした作品を制作している四宮義俊が原作・監督・脚本を務めた。
立ち退きを迫られる花火工場で、幼馴染の帯刀敬太郎と式守カオルが、幻の花火「シュハリ」を完成させるべく奮闘する姿が描かれる。四宮が専門とする日本画のほか、マルチプレーン・カメラを使用した特撮やセル画、ストップモーションなど様々な技法を使い制作されている。
第76回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。
老舗の花火工場・帯刀煙火店は、地元で行われていた花火大会もなくなり、さらに町の再開発によって行政から立ち退きを要請されるなど窮地に陥っていた。しかし帯刀煙火店の店主である帯刀榮太郎は、それらに対する対策はほとんど行わず、幻の花火といわれる「シュハリ」の制作に没頭していた。そんな中、帯刀煙火店の次男である帯刀敬太郎と、幼馴染の式守カオルは、「シュハリ」を打ち上げれば問題が解決すると考え、榮太郎が制作していた「シュハリ」を持ち出し、勝手に打ち上げようとする。しかし打ち上げには失敗し、さらに榮太郎は失踪する。
4年後、カオルは上京し、美術大学でプロジェクションマッピングの研究を行いながら将来の道を模索していた。そんな中、地元の市役所に努めている敬太郎の兄・帯刀千太郎がカオルの元を訪ね、プロジェクションマッピングで町おこしを行う計画を持ち掛ける。またそれに加えて、立ち退きに従わず煙火店に引きこもっている敬太郎を外に連れ出して欲しいとも頼まれる。千太郎に連れられ、4年ぶりに敬太郎に再会したカオルは、敬太郎が未だに「シュハリ」の制作を続けていることを知る。敬太郎の「シュハリ」、そして家と町への想いを聞いたカオルは、千太郎の制止を振り切り、強制代執行による立ち退きが迫る中「シュハリ」の打ち上げへと動き出す。
キャスト
スタッフ
- 監督・原作・脚本・絵コンテ:四宮義俊
- キャラクターデザイン:うつした、四宮義俊
- 作画監督:四宮義俊、浜口頌平[注 1]
- 美術監督:四宮義俊、馬島亮子[注 2]
- 色彩設計:四宮義俊、水野愛子、齋藤友子、岡崎菜々子
- 撮影監督:富崎杏奈
- ストップモーション・ディレクター:Victor Haegelin
- 特殊作画:大谷たらふ、中野りかこ、Shana Pagano Lohrey
- 特殊映像:SUKIMAKI ANIMATION
- CGディレクター:佐々木康太郎
- 編集:内田恵
- 音楽:蓮沼執太
- 音響監督:清水洋史
- エグゼクティブプロデューサー:豊島雅郎
- プロデューサー:竹内文恵、Emmanuel-Alain Raynal、Pierre Baussaron
- アニメーションプロデューサー:藤尾勉
- アニメーション制作:スタジオアウトトリガー
- 配給:アスミック・エース
- 制作:アスミック・エース、スタジオアウトトリガー、MIYU Production
製作
企画
本作は四宮義俊の初の長編アニメーション作品である。四宮はもともとは日本画家として活動していたが、アニメーションにも強い興味を持っており、2015年頃よりテレビCMを始めとした映像作品も手掛けるようになっていた[3]。しかし、新海誠監督の『君の名は。』の回想シーンを担当した2016年頃には、様々なアニメーションの仕事が舞い込むようになり、日本画家としてのアイデンティティとの乖離に悩まされたという[3]。そのため、自身の日本画とアニメーションの感性を融合させる作品の制作を考えるようになった[3]。
またこれに加え、東日本大震災以降の太陽光発電の普及も大きなきっかけであったと語っている[4][5]。2016年ごろ、アトリエの前の草原が突如としてソーラーパネルに埋め尽くされたという[4]。その景色の中を自身の子供とともに車で走っていた際、「あれ、海?」と尋ねられ、ソーラーパネルの反射が海のように見えることに気付く[4]。またそれと同時に、かつて故郷の海が埋め立てられたことも思い出し、それらに不思議な相似を感じたと語っている[4]。そこから、古い景色が新しい景色に置き換わっていくというイメージが生まれ、作品の大きな根幹となっている[4][6]。
当初は『新しい夜明け』というタイトルで、カオルのもとに千太郎が訪ねてくるところから始まる短編として構想されていた[7]。四宮はこの企画を様々なスタジオや映画会社に持ち込んでいたものの、予算などの関係から中々成立しない状況が続いていた[5]。その中で様々な要素が脚本に付け加えられ、天岩戸といった神話のモチーフや、主人公2人が双子という設定も存在したという[7][8]。これらの要素は結果的にそぎ落とされたが、最終的なキャラクターデザインや脚本の各所にその名残が残っている[7][8]。
2022年ごろ、『おらおらでひとりいぐも』などの制作で関わりのあったアスミックエースのプロデューサー・竹内文恵に四宮が本作の企画を持ち掛けたことで、ようやく本作はプリプロダクションへと動き出した[5]。この時点で本作の企画は、これまでの映画会社からのオーダーにより「綺麗な音楽に乗せたボーイミーツガール」という当時のマーケットに沿った形になっていた[5]。しかし竹内は、このままでは埋もれてしまうと考え、四宮の作家性を前面に押し出し、映画祭をはじめとした世界各国での上映を目指した作品へとシフトさせることとなる[5]。
脚本
この作品の根幹にあるテーマは、「コミュニティがどのように存在し、変化していくか」であると四宮は語っている[9]。このテーマについて四宮は、家業であった遠洋漁業を継がず、芸術の道を進んだ自身の選択を肯定し、それを清算したいという思いがあったと明かしている[9]。
竹内は脚本について、ネガティブなエネルギーで物語を動かしていく敬太郎のキャラクター作りに苦心したと語っており、観客に好きになってもらえるバランスの調整に非常に時間をかけたという[5]。
花火を映画のテーマとして選んだ意図として四宮は、かつて自身の故郷の花火大会が突如としてなくなった経験から、積極的に守られることなく消えた伝統と、花火そのものの儚さとを重ねて表現したかったと語っている[9]。また、映像表現において、音と光をストレートに表現できる花火は最適なモチーフであったとも語っている[9]。
作中では伝説の花火「シュハリ」を完成させるうえで重要な材料として登場する花緑青について、四宮は大学時代、和歌山毒物カレー事件をきっかけに日本画の絵具としての花緑青を知り、その当時は「怖い色」というイメージを持っていたという[10]。その後、本作の制作に際して花火屋に取材を行った際、「昔はハナロク(花緑青)を使っていた」と聞き、自身の根幹である日本画との関連性を見出し、取り上げることを決めたという[10][7]。
ラストシーンは、四宮自身が好きなアメリカン・ニューシネマがモチーフになっており、観客に解釈をゆだね、余韻を持たせたものが目指されている[9]。
映像制作
本作では「『花緑青』は誰も知らない話なので、中心にいる人間が形作らない限り、絶対にいいものにはならない」という四宮の考えから、作画から着彩、仕上げ、撮影に至るまで、四宮自身が細かく調整を行っている[7]。特に色彩に関しては約1000カットあるすべての素材を自らチェックしており、Adobe After Effectsによる撮影処理で陥りやすい「アニメ業界の長年の蓄積によって洗練された“正解”の色」に落ち着いてしまわないよう気を配ったという[11][10]。この四宮独特の作業スタイルを最大限活かすため、本作の制作を行ったスタジオアウトトリガーでは本作専用のラインが組み立てられた[5]。スタジオでは四宮と関わりのある数人のクリエイターが常駐し、主に外注先からオンラインで送られてきた素材をチェックする作業が行われた[7]。
その中でも中心的な役割を果たしたのは作画監督の浜口頌平と、美術監督の馬島亮子であった[11]。浜口はもともと原画マンとして、アニメーションプロデューサーの藤尾勉の紹介で制作に参加していたが、浜口の担当した、カオルが煙火店に帰ってくるシーンの出来を四宮が気に入り、作画監督としての参加を打診したという[7]。四宮と馬島は『君の名は。』をきっかけに関わりを持っており、四宮にとって「アニメの美術を習った先輩」のような存在であるという[12]。本作の企画段階から馬島は四宮より本作の話を聞かされており、何年も変わらない四宮の情熱に動かされ参加したと語っている[13]。当初は植物や風景を四宮が、東京パートの建物や高速道路といった人工物を馬島がというように作業を分担していたが、敬太郎の家に関しては2人両方のアイデアが盛り込まれている[12]。
本作には通常のアニメーション以外にも、ストップモーションや、マルチプレーン・カメラを用いた特殊映像などが盛り込まれている。本作にこれらの要素を盛り込んだ理由について四宮は、日本画が植物性のものから動物性のものまでさまざまなものを顔料として使用することから、「様々なマテリアルをひとつの画面に定着させるという意味では、僕にとって絵を描くことの延長線上にあり、楽しいこと」だと語っている[4]。
千太郎が酩酊するシーンでのストップモーションは、フランスの制作会社MIYU Productionが制作を担当し、ディレクターはMIYU Productionからオファーを受けたヴィクトル・アジュランが務めた[5][14]。四宮は時差や言語の壁によるコミュニケーションの難しさに苦労した一方で、作中で唯一自身の描いていないものが映るシーンであるため、自身の引き出しにないものが盛り込まれ、スリリングな体験であったと語っていいる[7]。なお、MIYU Productionはこのストップモーション部分以外は一切制作に関与していない[7]。
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水中映像や花火のシーンなどの、マルチプレーン・カメラを使用した特殊映像の制作は、鋤柄真希子と松村康平率いるSUKIMAKI ANIMATIONが担当した[7]。四宮はXで彼女らの作品を知り、また実際に合った際に価値観が近かったことから、本作への参加を持ち掛けたという。参加にあたり、「(100分ではなく)数カットの『ファンタジア』を目指す」という目標が立てられ、かつてのディズニー映画で多用された波ガラスを使用した水の表現などが再現されている[注 3][7]。波ガラスや透過光[注 4]の表現などは、いずれもAfter Effectsで再現できるものの、四宮はアナログで制作されたものの方が圧倒的に迫力があると考えているという[7]。
また、「人が線を描くときのエラーが魅力になり、感動につながる」という四宮の考えから、花火シーンのクライマックスの素材は、ひろしまアニメーションシーズン2024において開催された四宮のワークショップで参加者が制作したものが使用されている[5]。参加者らは2種類の作業を行った[3]。一つは黒い紙に無数の穴をあけるというもので、これは透過光処理の素材として使用された[3]。もう一つは、白い紙に赤い絵の具を使って花火を描くというもので、これの色彩を反転させて使用することで、人工的に再現できないような青色を作り出した[3]。
キャスティング・演技
主人公の帯刀敬太郎、式森カオルはそれぞれ俳優の萩原利久と古川琴音が演じた。キャスティングにあたり四宮は「どこまで遠く届く声なのか」「小さくても『あなたに向けて喋ってますよ』と感じられる声」を求めていたと語っている[16]。2人はアニメ作品への出演は初めてであり、ともにかねてよりアニメ作品に出演することに興味を持っていたという[17][18]。しかし、リップシンクやあらかじめ決まった尺に合わせなければいけないアニメ独特の演技法、そして実写作品と全く異なる台本の書き方などに苦労したと語っている[17][18]。そのため、当初は1日で収録を終える予定であったところ、その日をすべてアフレコの練習に当て、別日に再度収録が行われた[18]。
敬太郎について萩原は、彼の持つ反抗心なども含めた若さやもがきに少なからず共感しており、遠い存在には感じなかったという[18]。その一方で、声変わり中の少年期から大人になるまでを表現しなければならなかったため、演じるのは難しかったと語っている[18]。なお、萩原は本作のオファーを受ける直前、フジテレビの『萩原利久のwkwkはぎわランド』内のコーナーで山口由里子よりアフレコの指導を受ける機会があり、実際のアフレコではこの経験が心情的に助かったと語っている[19]。
カオルについて古川は、夢に生きる敬太郎と、安定した道に進む敬太郎の兄・千太郎のはざまで揺れ、年相応に葛藤している様が印象に残ったと語っており、演じるにあたってはあまり作り込みすぎないことを意識したという[18]。
アフレコは早い段階で行われ、古川はまだほとんどの映像が線撮り[注 5]の状態であったと語っている[17]。四宮はこれにより、声優陣の演技にあわせて絵の密度を上げることが出来たと語っている[16]。
主題歌
- 「青葉」
- imaseによる主題歌。作詞・作曲はimase、編曲は蓮沼執太。
- 「キャラクターに近い世代の方にエンドロールを飾ってもらいたい」という制作陣の考えから、imaseが主題歌アーティストとして起用された[5]。編曲は本作の劇伴を手掛けた蓮沼が務めており、蓮沼は「(恐らく四宮の中で)劇中の世界観をエンドロールでも繋いでいき、同じトーンで映画を終えたい狙いがあった」と語っている[20]。imaseはこの楽曲の制作で、誰もが大人になるにつれ手放さなければいけない気持ちがあることに気付いたといい、「青さが滲みながらも、新しい自分を迎えられるような一曲を目指して制作しました」と語っている[21]。なお、imaseは本作の公開当時、活動休止状態であったが、この楽曲は休止前に制作されたものであった[5]。
封切り
2024年4月、本作が第77回カンヌ国際映画祭マルシェ・ドゥ・フィルムで開催されたAnimation Dayのアヌシー・アニメーションショーケース[注 6]に選出され、それとともに本作が2025年日本公開予定であることが発表される[22]。
2025年1月15日、特報とティザービジュアルとともに、本作の邦題やメインキャスト等が発表され、2025年公開予定と予告される[23]。しかし同年5月20日、本作の公開が2026年に延期されたことが発表される[24]。
同年10月10日、改めて特報とティザービジュアルが公開され、公開日が2026年3月6日に決定する[25]。
2026年2月18日、第76回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に本作が正式出品され、四宮、萩原、入野の登壇するワールドプレミア上映が行われた[26]。また、2月28日から3月15日まで、渋谷PARCOで本作の公開を記念した展覧会「映画『花緑青が明ける日に』展+日本画家・四宮義俊の作品展」が開催された[27]。
同年3月6日、全国106館で公開された[28]。
評価
批評
『「アニメ評論家」宣言』などの著作があるアニメ評論家の藤津亮太は本作について、たった1日の出来事を山奥の民家で描くという、極めて小さな時間と空間を扱う作品でありながら、その中に、800年の歴史や宇宙のあり方など、非常に壮大な要素を盛り込んだ作品であると論じている。本作では主人公ら3人、とくに敬太郎の「子供時代の決着」というものが主に描かれているが、藤津はこれらはあくまで作品の骨格であり、そこに長い時間と広い空間が肉付けされていると語っている[29]。
『映画作家論』などの著作がある映画評論家の中条省平は、海の埋め立てやメガソーラーといったテーマは刺激的であったと語り、また技術面においても従来のアニメーションとは大きく異なる、線や輪郭をはみ出す描写も興味深かったとし、「ジブリや細田守、新海誠以後の、新しいアニメ創作の波を感じさせる佳作である」と評している。加えて、敬太郎とカオルの花火は功利性で固められた現代において、一瞬でもその閉塞を突破しようとする美による革命であると論じている[30]。
ハリウッド・リポーター所属の映画評論家のLeslie Felperinは、脚本については、『君の名は。』や『千と千尋の神隠し』のように幅広い観客層に届くような感情的な重みが足りていないとしつつも、独創的な映像とEDM調の音楽についてはエディブルを片手に楽しめるような、非常に心地の良いものであったと称賛している。また、本作は花火や行政代執行というテーマに対し、『千と千尋の神隠し』に対する神道や廃墟の遊園地、あるいは『AKIRA』に対するミュータントの青年やディストピアといったように、そのテーマに絶大な影響を与えるかもしれないと語っている[31]。
シネマトゥデイは本作の紹介ページにおいて、くれい響、森直人、斉藤博昭の短評を掲載している[32]。
フリーライターのくれいは、「とにかく日本画家である四宮義俊監督の特性を生かし、背景などの色彩・映像美を堪能する作品」と映像・音響面を絶賛しつつも、ストーリーは既視感があるものだったと評し、星4つの評価を与えている[32]。
『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』などの著書のある映画評論家の森も、やはり映像面を評価している。また、シュハリで現状を変えようとする主人公らの姿は、アートで世界を変えたいという芸術家の祈りそのものであると語っており、かつて四宮が手掛けた眉村ちあきのMV『冒険隊 ~森の勇者~』の余韻を継ぐ作品であると論じている。与えた評価は星4つ[32]。
フリーライターの斎藤は、独特の構図やカメラワークの心地よさなど映像面は評価しつつも、ストーリーがコンパクトで、セリフも堅実であったため、あまり感情に浸れなかったと語り、星3つの評価を与えている[32]。