花輪館

From Wikipedia, the free encyclopedia

城郭構造 平山城
築城主 花輪次郎
築城年 不明
主な城主 花輪氏
logo
logo
花輪館
秋田県
城郭構造 平山城
築城主 花輪次郎
築城年 不明
主な城主 花輪氏
廃城年 不明
遺構 竪穴状遺構、土坑、空堀、土塁
指定文化財 史跡等未指定[1]
位置 北緯40度11分23.0秒 東経140度47分34.0秒 / 北緯40.189722度 東経140.792778度 / 40.189722; 140.792778
地図
花輪館の位置(秋田県内)
花輪館
花輪館
テンプレートを表示

花輪館(はなわたて)は、秋田県鹿角市花輪町にあった日本の城

主郭の規模は東西200メートル×南北110メートルで、比高差4メートルの上下2面に分かれ、西側の上面に中野氏の陣屋があり本丸と呼ばれ、東側下面は二の丸と呼ばれ、花輪通代官所などが建っていた[2]

沿革

鎌倉御家人安保氏が臥牛本館に拠り、花輪次郎を名乗ったのが始まりとされる。中世の大館の一角を利用したもので、御館・北館・南館からなる連郭館であった。

幾多の興亡の後、天正18年(1590年)に三戸南部の支配下の大光寺正親が城主となり、以来重臣による城代、郡代への交代が相次ぎ鹿角治安と境界守備の責任を担い、明暦3年(1657年)毛馬内九左衛門が古館に入り、延宝2年(1674年)中野吉兵絵が入部、樋口館(要害屋敷)に入り、秋田藩境への守備に当たった。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI