大正以前の河道が残っているのは国道150号以南のみであり、現在の直線的な芳川河道のほとんどは、戦前の昭和期に世界恐慌対策事業による工業排水路として新規開削されたものである。
現在の浜松市立与進中学校の北で安間川から分岐し、天王を西南、西塚を南に進み、植松にて旧東海道を横切り、東から流れてくる北裏川と合流するまでの旧河道は、当時から小川という程度の規模であったため、痕跡は全く残っていない。JR東海道線の南側から大きく東に湾曲して国道150号と交差するまでの旧河道は、分岐部は締め切られたものの準用河川東芳川として残っている[1]。