若林和弘
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幼い頃から「早く自分でお金を稼ぎたい」という願望があったため、17歳の時に家を出て、たくさんのアルバイトをしていた[2]。
その中の一つだったニュージャパンフィルムスタジオで働いていた際に当時『うる星やつら』の音響監督だった斯波重治と出合い、数年後斯波から仕事に誘われたことが音響の道に進むきっかけであった。[2]
音響監督としての初作品は1990年の永野あかねの漫画『猫でごめん!』のイメージ・アルバムである[2]。その後、テクノサウンド・オムニバスプロモーションを経てフリーになった後、2004年5月7日に有限会社フォニシアを設立。2013年春には同社を解散し、屋久島へ転居[3]。以後はフリーとして活動を続ける。
宮崎駿、押井守などの大作劇場アニメーションの音響監督をすることが多かった。スタジオジブリ作品参加時では本名の林 和弘名義を使う。「若林」の由来はかつて現場に同じ林の姓で年長のスタッフがいた為、若い方の林、若林と呼ばれるようになったことから。
音響制作では、近年スケジュールの関係から画面に色がつくことの少ないダビング作業において、オールカラーでの作業を制作スタッフに希望する傾向がある。未完成の映像に音をつけた場合、 動きと動きを繋ぐ動画が入っていないので、完成品は音がズレてしまうことが多い。映像に違和感のない整合性をもたせた音を付けるために、オールカラーでの希望を出している[4]。