若水絹子

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本名 小川 さく子[1]
生年月日 (1907-03-11) 1907年3月11日
没年月日 (1968-12-01) 1968年12月1日(61歳没)
わかみず きぬこ
若水 絹子
若水 絹子
『恋の花咲く 伊豆の踊子』(1933年)
本名 小川 さく子[1]
生年月日 (1907-03-11) 1907年3月11日
没年月日 (1968-12-01) 1968年12月1日(61歳没)
出生地 東京府東京市神田区[1]
国籍 日本の旗 日本
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1928年 - 1960年
配偶者 小石栄一[2]
主な作品
蝕める春[2]
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若水 絹子(わかみず きぬこ、1907年3月11日[1] - 1968年12月1日[2])は、東京府東京市神田区[1]出身の女優

1907年(明治40年)3月11日、小川 さく子として東京府東京市神田区に生まれる[2]

柳橋で芸者をしていたところ松竹の創業者の大谷竹次郎に見出され、1928年(昭和3年)松竹下加茂撮影所に入社した[2]。 同年、『江戸育ち』で林長二郎の相手役としてデビューし、『時雨笠』、『鳥辺山心中』、『月形半平太』でも相手役を務めた[2]

1929年(昭和4年)戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を映画化した月形竜之介主演の『白野弁十郎』で共演し、1930年(昭和5年)高田浩吉主演の『仇討破れ袴』、『若様奉行』で共演した[2]

松竹下加茂撮影所の小石栄一監督との結婚により1930年(昭和5年)に退社した[2]

1931年(昭和6年)松竹蒲田撮影所に再入社し、清水宏監督の『有憂華』で高田稔と共演した[2]。1932年(昭和7年)澤蘭子江川宇礼雄飯塚敏子富士龍子大山健二とともに準幹部に昇格し、同年公開された成瀬巳喜男監督の『蝕める春』でヒロインを務めた[2]

その後助演、脇役に回り、1950年(昭和25年)に退社、1960年(昭和35年)に引退した[2]

出演映画

脚注

外部リンク

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