若江城の戦い

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若江城の戦い
戦争戦国時代
年月日天正元年(1573年
場所河内国若江郡
北緯34度39分16秒 東経135度36分14秒 / 北緯34.6545度 東経135.60383度 / 34.6545; 135.60383座標: 北緯34度39分16秒 東経135度36分14秒 / 北緯34.6545度 東経135.60383度 / 34.6545; 135.60383
結果:織田軍の勝利、三好氏本家の滅亡
交戦勢力
織田軍 三好軍
指導者・指揮官
佐久間信盛 三好義継 
若江三人衆
織田信長の戦い
若江城の戦いの位置(京阪地方内)
若江城の戦い
京阪地方における位置

若江城の戦い(わかえじょうのたたかい)は、天正元年(1573年)に河内国若江城で行なわれた織田信長軍と三好義継軍の合戦である。

元亀4年(1573年)4月に武田信玄が死去すると、信長包囲網は織田軍の反攻を受けて一気に瓦解し、朝倉義景浅井長政らは信長に討たれ、信長包囲網の黒幕である室町幕府第15代将軍・足利義昭京都から河内の三好義継(義昭の妹婿)のもとに追放された。

しかし義昭は追放されたにもかかわらず、諸国の大名に対して信長討伐令の御内書を乱発し、義継も義兄に当たる義昭に次第に同調する動きを見せた。このため、信長は天正元年(1573年)11月4日に上洛し、義継の討伐を決めたのである。

若江城の戦い

影響

参考文献

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