茨木政彦
From Wikipedia, the free encyclopedia
三重県立津高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後の1980年4月に集英社に入社、週刊少年ジャンプ編集部へ配属される。徳弘正也『シェイプアップ乱』、えんどコイチ『ついでにとんちんかん』、にわのまこと『THE MOMOTAROH』、土方茂(小畑健)『CYBORGじいちゃんG』、高橋ゆたか『ボンボン坂高校演劇部』などギャグ漫画を主に担当した。ジャンプの新人ギャグ漫画賞の1つであるGAGキングの設立者や森田まさのりの初代担当[1]でもあった。堀江信彦、鳥嶋和彦、高橋俊昌が編集長であった時代には週刊少年ジャンプの副編集長を務めている。
2003年12号より、急逝した後輩・高橋俊昌の後任として、週刊少年ジャンプ編集部の編集長に就任。集英社第3編集部次長兼務。2007年11月に「ジャンプスクエア」を創刊するため、ジャンプスクエア編集部の編集長を兼任で就任。2008年4月に、ジャンプスクエア編集部の編集長に専任となる。その後、集英社第3編集部部長、ライツ事業部部長、デジタル事業部部長などを歴任。2018年現在は集英社常務取締役[2]、小学館集英社プロダクション取締役[3]。
人物
- 編集者を目指したのは、通っていた予備校の講師が出版関係者であったため興味を持ったことと、ネクタイをしない自由な服装で仕事ができるからというもの。週刊少年ジャンプ編集部の編集長となってもジーンズで出社していた。
- 編集長に就任後は、絵よりギャグ・ストーリーの質を重視した編集方針を貫く一方、新人の読切を積極的に掲載したり、2020年現在も継続中である「金未来杯」を開催するなどこれまでの週刊少年ジャンプを支えた「新人発掘」を積極的に行った。
- インタビューにて「(少年誌であるジャンプの)女性読者が増えているが、これまで通り小中学生に向けた誌面作りをしていく」という旨のコメントをしている。
- シイタケが世の中で最も嫌いな食べ物で、1980年代の多忙を極めていたころは食事に割く時間が無かったため一日一食になってしまう日もあったが、やっと入れた食堂で注文した五目チャーハンにシイタケの微塵切りが入っていたため、大事な時間を犠牲にして食べる時間よりも時間をかけてすべてのシイタケを取り除いた[4]。