荒井英一
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栃木県矢板市出身。1926年(大正15年)2月14日に栃木県塩谷郡矢板町万町(現在の矢板市本町)の老舗旅館「住吉荘本店」の長男として生まれた。少年時代は、野球と剣道が好きな腕白坊主だったが、19歳の1945年(昭和20年)暮れにNHKのど自慢に挑戦して合格し、歌手を目指して声楽の勉強に励み、後に作曲家へと転じた。1964年(昭和39年)には、集団就職者を題材にした「あゝ上野駅」(関口義明作詞)が大ヒットし、作曲家としての地位を不動のものにした。以来、三千にも及ぶ曲を発表し、1985年(昭和60年)には全国大衆音楽家協会の会長に就任した。また、「矢板市の歌」「矢板音頭」など出身地の歌も数多く手掛けた。しかし、1990年(平成2年)11月に64歳で死去した[1]。