荒美年政
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1996年に益田・大賀孝司厩舎からデビューし、沖野耕二の弟弟子となる。10月5日の益田第4競走アラ系一般D3・カシマオジョウ(6頭中2着)で初騎乗を果たし、同馬に騎乗した同13日の第4競走・アラ系一般D5で初勝利を挙げる[1]。
3年目の1998年には6月28日の第4競走アラ系一般C・ウイニングサンサン[2]で通算100勝を達成し、人麿特別・タマショウキング[3] [4]で重賞初制覇を決めるなど活躍し、リーディングでも世良澄衛の2位[5]と躍進。
1999年5月3日には第10競走黒松特別でキャプテンシーに騎乗し[6]、後に地方の平地最多勝記録(46勝)を打ち立てるニホンカイキャロル[7]を敗って200勝を達成。同年には自己最多の115勝を挙げてリーディングを獲得し[8]、みどり賞・カシマオー[9]で重賞2勝目をマーク。
2000年5月28日の第8競走アラ系一般AB・ヤマイチタモンテン[10]で300勝を達成し、人麿特別ではテンテンアローで重賞3勝目と同レース2勝目[11] [4]、まほろば賞でハニーウィンを逃げ切らせて[12]重賞4勝目を挙げる。2着は兄弟子の沖野が騎乗する益田優駿馬イッテンヨカイチ[13]で、大賀孝厩舎のワンツーとなった[12]。まほろば賞の優勝レイは2022年に他の重賞のレイと共に市内の牧場に展示され、大賀は17枚中11枚を展示している[14]。
2001年は2月23日に中津へ遠征し、ガーネット特別で10頭中8番人気のモナクホクトを2着に導く[15] [1]。4月8日の第7競走サラ一般で1番人気のナショナルダンサーに騎乗するが、競走中止になったのが最後のレースとなった[16] [1]。1月28日の第7競走アラ系一般B・ヤマテツヒリュウが最後の勝利となり[17]、同年限りで現役を引退[1]。
引退後は大井で厩務員となり、月岡健二厩舎では2011年にマイルグランプリを勝ったボクを担当し[18] [19]、福永敏厩舎では2018年と2019年にTCK大賞最優秀厩務員賞を受賞[20] [21]。