菖蒲塚古墳
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位置
北緯37度46分1.15秒 東経138度51分56.56秒 / 北緯37.7669861度 東経138.8657111度座標: 北緯37度46分1.15秒 東経138度51分56.56秒 / 北緯37.7669861度 東経138.8657111度
形状
前方後円墳
規模
墳丘長53m
| 菖蒲塚古墳 | |
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| 所在地 | 新潟県新潟市西蒲区竹野町字菖蒲 |
| 位置 | 北緯37度46分1.15秒 東経138度51分56.56秒 / 北緯37.7669861度 東経138.8657111度座標: 北緯37度46分1.15秒 東経138度51分56.56秒 / 北緯37.7669861度 東経138.8657111度 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 | 墳丘長53m |
| 史跡 | 国の史跡「菖蒲塚古墳」 |
| 有形文化財 | 鼉龍鏡(新潟県指定文化財) |
| 特記事項 | 日本海側沿岸部最北端の前方後円墳 |
| 地図 | |
菖蒲塚古墳(あやめづかこふん)は、新潟県新潟市西蒲区竹野町にある古墳。形状は前方後円墳。国の史跡に指定され、鼉龍鏡は新潟県指定有形文化財に指定されている。
沿革
当古墳の最も古い資料としては1812年(文化9年)刊行の「北越奇談」で、盗掘され、鏡が出土したことが記されている。その鏡と伝えられている鼉竜鏡(だりゅうきょう)が新潟県の有形文化財に指定されている。径22.7センチメートル、仿製鏡(ぼうせいきょう)[2]で、古墳時代前期のものと推定されている。 言い伝えにより、古墳の中には源頼政の妻菖蒲御前が葬られた墓とされている。また、隣接する隼人塚古墳には、家臣である猪隼太の墓とされた(古墳の造成時期は、当該古墳と同時期と考えられている。)
2002年・2003年に古墳の範囲の確認のために巻町教育委員会が調査を行い、その結果、緩やかな傾斜を持つ台地の上に全体の形を設計した後、周囲に溝を掘り、その際に出た土などで盛り上げて作られた墓であることが判明[1]。その際、土質の異なる土を交互に盛るなどして強化する工夫がなされた[1]。
経塚
出土品
鼉龍鏡(新潟県指定文化財)
東京国立博物館展示。