菟足神社
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位置
北緯34度47分50.5秒 東経137度21分56.9秒 / 北緯34.797361度 東経137.365806度座標: 北緯34度47分50.5秒 東経137度21分56.9秒 / 北緯34.797361度 東経137.365806度
主祭神
菟上足尼命
| 菟足神社 | |
|---|---|
|
拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 愛知県豊川市小坂井町字宮脇2番地の1 |
| 位置 | 北緯34度47分50.5秒 東経137度21分56.9秒 / 北緯34.797361度 東経137.365806度座標: 北緯34度47分50.5秒 東経137度21分56.9秒 / 北緯34.797361度 東経137.365806度 |
| 主祭神 | 菟上足尼命 |
| 社格等 |
式内社(小) 旧県社 |
| 創建 | (伝)白鳳15年(686年) |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 4月第2土、日曜日 |
| 主な神事 | 風祭り、田祭り |
| 地図 | |
祭神は以下の1柱である。
- 菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)
歴史
祭神の菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)は、孝元天皇の末裔、葛城襲津彦命(かつらぎそつひこのみこと)四世の玄孫にあたり、雄略天皇の治世に穂の国(現在の東三河)国造に任ぜられたという。葛城襲津彦命は、仁徳天皇の皇后磐之姫媛命の父にあたり、大和国葛城の豪族として大きな権力を持っていたとされる。菟上足尼命は、没後、顕著な殖産、治民の功によって、三河国平井の柏木浜に奉斎され、天武天皇の治世、白鳳15年(686年)4月11日に、秦石勝(はたのいしかつ)により、現在地に遷座されたという。
貞観6年(864年)には、神階が従五位下に進み、延喜式神名帳にもその名が見える。明治維新の天皇東行の際には、勅使の参向を受けた。明治11年(1878年)には、有栖川宮熾仁親王御宸筆の社号軸を受けた。大正7年(1918年)には、郷社から県社に昇格した。
祭礼
文化財
現地情報
境内
関連文献
- 『菟足神社志留倍』菟足神社社務所
